OffーSeason1
□〜璃青、薔乃、そして各務〜 【完結】
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年が明けて、三学期が始まる。
世間が、緩やかに卒業式へと向かっていく空気の中で、清和の生徒達はのんびりとした時間を送っていた。
九割方、附属の高等部へと上がる生徒達は。
璃青も、薔乃も他校の受験を希望していた。
今はただ、受験に没頭したい。
そんな細やかな願いも空しく、あの男はわざわざ、『修道院』まで顔を出してきた。
各務が、璃青達の使う昇降口の正面にある花壇に座っていた。
昇降口から出てくる女子学生が、各務を一瞥する。
共学になってからは驚くことはないが、それでも、少女しかいない三年生の校舎棟の前では、異質な存在だった。
“男子は来るな”の暗黙の了解を越えて居座る各務は、薔乃を見つけると、おいでおいでをした。
当然のことながら、薔乃は無視し、彼を素通りした。
一緒にいた璃青は、呼ばれるまま各務の前に立った。
「何?」
「……ちょっと、……璃青」
薔乃が、慌てて振り返る。
各務は、璃青を見上げた後、薔乃に視線を移動した。
「文川さん、酷いなぁ。修道院の前で待ってる俺の身にもなってよ。もう、注目浴びまくり」
「嫌なら、来なければいいじゃない」
口調は強いが、一歩も各務の近くには寄れない。
「何か言いたいことがあるんでしょ? 聞くよ。君の言葉に正当性はないけど」
「……璃青!」
「大丈夫」
「別に、言いたいことって訳でもないんだけどさ」
「私と薔乃はあるよ。行こっか?」
璃青は、ある方向を指差し、各務にも来るよう促した。
「校舎裏で、踵落としとか、勘弁してくださいよ?」
「あ、バレた? 何てね、嘘だよーん。いいから、着いてきて」
璃青が先を行くと、各務が腰を上げた。
薔乃は、近づく璃青に駆け寄った。
「璃青、止めよう」
「大丈夫だって。向こうからやって来たんだから、ケリつけてやろ?」
「……でも……、後ろにいるだけで…」
薔乃は、各務から顔を背けたままだった。見るからに怯えていた。
「はい」
璃青が、すっと薔乃の前に手を出した。
「怖いなら、握ってて」
薔乃は、震える手をごまかそうと、必要以上に璃青の手を強く握った。
「田崎さ〜ん、どこ行くんですかぁ?」
大人しく璃青達の後を着いていた各務は、二人が手を繋ぐ場面を目敏く見つけ、面白くなさそうに投げ掛けた。
「すぐ、そこだよ」
璃青は校庭を突っ切り、来賓が使う通用口へと向かった。
「どこ行くの?」
薔乃が、同じ質問を投げ掛けた。
「職員室」
「職員室?」
「あーっ」
職員室の前の廊下の端から、頓狂な声が響いた。
何事かと見遣ると、偶然、通りかかった真昼に出会した。
「……真昼」
「何? 何? 三人でどこ行くんですか?」
真昼は、屈託のない笑顔で近づいてきた。
「指導室で話しようと思って」
「へぇ〜…」
と、言葉を短く切ると、何を思ったのか、
「私も行っていいですか?」
と、訊いてきた。
「どこか、用事があるんじゃないの?」
「? 家に帰るだけですよ? 私の下駄箱そこですもん」
真昼は、廊下の端にある昇降口を指した。
「で、いいですか? 何か面白そうなメンツだし」
「面白そう?」
「はい。三人で、各務を吊し上げちゃいましょう」
真昼の言葉に、璃青がフフと笑い声をたてた。
「そんなことしないよ。ちょっと、待ってて」
璃青が姿を消すと、真昼は薔乃と各務の間に割って入った。
「俺、吊し上げ食らうようなこと、してないじゃん」
「どの口が言ってるのかしら?」
「…ま……真昼…」
真昼が、各務を睨め付けた。
「そんなガチガチにならなくても、近づかないよ。こんな職員室の真ん前で何しようってんの?」
「あんたならやりかねないから、予防線張ってんじゃない」
真昼が、フーフーと毛を逆立て、威嚇する猫と化していると、各務は呆れて溜め息をついた。
薔乃が、不安そうな顔で真昼を見ていた。
真昼は、虚勢を張りながら、『田崎先輩、早く戻ってきて』と、心の中で何度も叫んだ。
職員室の扉を開けると、中は意外と雑多で騒がしかった。
璃青が、キョロキョロしていると、出入口の近くに座っていた教師が「何か?」と、声をかけてきた。
「佐野先生、いらっしゃいますか?」
「佐野先生? …は、あそこ」
教師の指す方向を見ると、一点を見つめている佐野がいた。
「あ、ありがとうございます。失礼します」
職員室の教師達は、普段、教壇では見せない顔をしていて、璃青は少しだけ身を引き締めた。
佐野に近づいて、なぜ彼女が一点を見つめていたのか理由が分かった。
学年主任の佐野は、資料を片手に、パソコンと向き合い、黙々と打ち込み作業をしていたのだ。
「佐野先生」
「ん?」
「指導室の鍵をお借りしたいんですけど、いいですか?」
「今から?」