OffーSeason1

□〜真昼〜 【完結】
1ページ/5ページ

地下鉄のホーム。
風が吹き抜けない分、寒さが少しだけ衰える。
時間帯と、列車が出ていってしまった後で、ホームには人が疎らだ。

「今日は、定時に終わる日?」

少女は、列車が来ないのを見計らって、駅員に声をかけた。

「…そ…だね」

勤務上、私事で会話をするのは気が引けたのか、駅員は小さな声で、短く返答した。

「じゃ、上で待ってる」

少女は、駅員の返事も聞かずに、その場を去った。



木原が公社のビルから出てくると、花壇の縁に腰掛けて、音楽を聴いている少女がいた。
辺りは既に暗く、吐く息が白くなるほど寒い。
少女の姿は、場の雰囲気に似つかわしくなく、人目を惹いた。
木原が駆け寄ろうとした時、少女が気づき、花壇の縁から立ち上がった。

「寒いのに待ってたの? どこかに入ってればよかったのに」
「この辺、お店ないもん」

少女はそう言うと、鼻を啜った。

「確かに」

周りは、小さな居酒屋がある程度で、女子中学生が一人で入れそうな店は無かった。

「ご飯でも食べる?」
「ううん、いい。家まで送って」
「……相変わらずだな。真昼の家は、反対方向じゃん」
「今日は、先生にお礼を言いに来たんだから、それくらい譲って」
「もう、先生じゃないけどね」

木原は、仕方ないといった表情で微笑むと、真昼を促し、歩き始めた。

「お礼って?」
「ん? あぁ、先生から教えて貰ったこと、役に立ったよ」
「俺が教えたこと? 何?」
「身を守る方法」
「身を守るって…真昼…」
「大丈夫。私は自殺なんてしないから。元お嬢様学校と、未成年を最大限利用しただけ」

真昼が淡々と言葉を紡ぐ度、木原の表情がみるみると曇っていった。
木原の脳裏に、妹の最期の顔が浮かぶ。
棺の中、継父に汚されても尚、添えられた花より白く、神々しく見えた妹。
全ての幕引きを願うように、彼女は宿った命をも道連れにした。
大人しくて、だからこそ誰にも言えず、独りで苦しんだまま、逝ってしまったのだろう。
そう思うと、継父に対する怒りや、妹を救えなかった哀しみが何度も蘇った。
受け入れること、許すことは人としての強さだと分かっていながら、木原は、未だにその心境になれずにいた。

「先生?」

目の前に邪気のない顔が現れ、木原は過去の記憶から戻された。

「すっごい怖い顔してたよ? ごめん…。私、妹さんのこと思い出させちゃった?」
「うん…いや、……身体は? その…」
「あ、分かった? 安心して。今、生理中」

木原は、あからさまに安堵の表情をした後、己れを戒めた。
女性にとって、妊娠だけが危険因子ではない。
むしろ、捩じ伏せられた心と身体の方が、より深い苦痛に蝕まれている。

「分かった?じゃないよ。無茶ばっかして。小学生に、あんなこと教えるんじゃなかった」
「どうして? 先生が、出来るだけ多くの証拠を確保しろって、教えてくれたから、大好きな人を守ることが出来たんだもん。感謝してるよ」
「好きな人ね…」
「うん。それに、私が教えてって言ったんだよ」
「性の目覚めが早いってのは、罪深いよ…」
「どっちが? 私? 先生?」

木原は言葉を詰まらせた。
相手から言われたとしても、小学生にセックスのレクチャーをした大人の罪は重い。

「……両方」
「同意だから、『罪』じゃないよ。あ、ねぇねぇ、肉まん買ってこ?」

真昼が、少し先にあるコンビニを指して言った。

「ご飯前に?」
「だって、身体が冷えちゃったんだもん」
「そのくせ、ダイエットとか言うからなぁ」
「色々とせめぎあってるんですよ、JCって」
「せめぎあうって言葉の意味、分かって使ってる?」
「拮抗する、二つの力が、競いあってることでしょ?」
「『せめぐ』の意味も調べな」
「私が『せめぐ』の検索したら、拷問用具が出てくるよ」

真昼は、大口を開けて、カラカラと笑いながら言った。

せめぐ≠責め具

呆れた木原は、手に取ったコーンスープの缶を、真昼の頭にコツンとぶつけた。

「なあにぃ?」
「何があったか知らないけど、この流れであまりにもバカすぎる」
「どの流れよ?」

真昼は頭を撫でながら、不服を露にした。

「いいから。肉まんでいい?」
「あ、自分で払う」

木原は真昼の言葉も聞かずに、さっさと支払いを済ませてしまった。

「はい」
「……それくらい、自分で払えるのに……」

目の前に出された紙袋を前に、真昼は一人ごちた。

「カテキョの時、たくさん貰ったから」
「もう、二年も前じゃん」
「手、熱いから早く」
「…じゃ、…遠慮なく…」

木原は、それでも遠慮がちに出された真昼の掌に、肉まんを乗せた。
冷えきった手をじんわりと温める。紙袋開けると、ふわりと湯気が立った。
真昼は、両手で包み込み、染み入る余韻を味わった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ