Season3 【完結】

□冬の章九 冬尽く(ふゆつく)
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佐野が文川家を訪れたのは、十時を少し過ぎた頃だった。
佐野に緊迫感は無く、家庭訪問でもしているような雰囲気を出していて、薔乃は少しだけ拍子抜けした。
リビングに通されると、母親に同席を勧めたのは、佐野の方だった。
母親は、面と向かって話を聞くことに躊躇い、キッチンに立った。
佐野は、薔乃と向き合うと、早速だけど、と短い前置きをして、話を切り出した。

「辛いことだと思うけど、あなたから話が聞きたかったの。校長室で何があったか、教えてくれる? どうして校長室に行ったの?」
「…璃青…、田崎さんの停学を取り消してもらおうと思って、校長室に行きました」
「それは、美術室のこと?」
「……はい」
「非常ベル鳴らして、窓ガラス割ったのよね?」
「はい。それは、田崎さんが…。でも、彼女は私達を助けてくれたんです」

その日はたまたま、後輩が一人で美術室に行ったこと、その後輩がレイプされている場面に出会したこと、突然、男子生徒に襲われたこと、抵抗が無に帰したこと。何も出来なかったことを、薔乃は震える身体を抑えながら訥々と話した。
途中から加わった母親は、動揺を隠しきれず、差し出した茶托がカタカタ鳴っていた。
佐野は、眉ひとつ動かさずに聞いていたが、時折、逸らす視線には怒りが込められたいた。

「携帯が鳴って……田崎さんだったんですけど、巻き込みたくなくって……切ったんです」
「ん? 携帯は取れる状態だったの?」
「…はい…っていうか、出なくていいのって」
「………」

怪訝な表情をした佐野を、薔乃は不思議に思い、改めて呼び掛けた。

「……先生?」
「…あ、いや…で?」
「……そしたら、突然非常ベルが鳴って…みんなが気をとられてる間に、ガラスを割って璃青が…、助けに来てくれて…。彼女、全然悪くないんです。停学になるようなことしてない。だから…」
「だから、校長室に直談判に、行ったのね?」
「……はい」
「校長室では何が?」
「……」

薔乃の口が止まった。
佐野は、震えながら話す薔乃を見て、限界を感じた。
このまま、早急に踏み込んでいって、薔乃の精神を壊す訳にいかなかったし、一言も発しない母親の存在も気にかかっていた。
今日のところは、ここまでにしておいた方がいいだろうと口を開きかけた時、薔乃が再び話を繋げた。

「…校長先生は、…その…何て言ってるんですか?」

薔乃の落ち着いた声に、戸惑ったのは佐野の方だった。

「…話を続けても大丈夫?」
「はい。…大丈夫です」

佐野は、小さく息を吐いて、仕切り直した。

「私は悪くないんだ、の一点張り。何があったかは、想像つくけど」
「…先生…、私と璃青って、いつも一緒にいました?」
「…そうねぇ、…いたかも。二人とも目立つからね。それが何か?」
「校長先生に、いつも一緒にいるなって、言われました。璃青を邪魔な女だって…」
「ずっと、文川さんが一人になるのを、狙ってたのね…」
「…その為に、璃青は停学になったんですか?」
「それは違う。停学の決定は、校長じゃないの。今まで安穏と過ごしてきた教師達が、事件の終息を早めた結果なの。文川さん、普通に考えて? 田崎さんが停学になったからって、あなたが校長室に出向くなんて、誰も想像しない」

全てが偶然に、負の方向へのきっかけを作っていただけ。

「……馬鹿なことした…」

薔乃は、俯き、悔やみきれないように呟いた。

「どうして? 田崎さんを守るために行動したんでしょ? それとも、田崎さんのこと、取引にされた?」

薔乃は、首を横に振った。

「直接言葉にはしてないけど、美術室でのこと、逆手に取られて…」
「逆手? …あぁ…美術室のことを、学校中にばらすぞ、みたいな?」
「…はい…私の勝手な思い込みですけど…。写メをみんなに見てもらおうって…、学校で男をたらしこむような女だって…。璃青のことは無きものにされて…」
「…ん…なるほど…で、弱味を握ったつもりで、己れの欲情を放出したら、返り討ちにあったって訳ね」
「……はい」
「文川さん」
「はい?」
「ごめんなさい。今まで一連の話、私知ってたの」
「……え?」
「福嶋と安住、それと各務?」
「………」

薔乃の記憶にない名前が、佐野の口からすらすらと出てくる。
心臓が高鳴った。失敗した、と薔乃は思った。

「下級生の男子は彼等ね? 中田真昼から訴えがあったの。文川さんの言ってたことと、ほぼ一致してた。レイプされた証拠もあるって、教師相手に脅しかけてきたの」
「……真昼が?」
「えぇ。校内で性犯罪があったなんて、学校にとっては不名誉なことだろうから、黙ってる代わりに、どんな理由でもいいから三人を退学にしろって」
「……」
「勇気ある証言よね。正直、学校側としては、揉み消したいの。校長の件も含めて」
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