Season3 【完結】

□冬の章八 追儺(ついな)
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寒さのせいか、他人のベッドに慣れないせいか、薔乃は寝付けずにいた。
男が一人で眠るには広いベッドも、二人だと細身の女子でも、身体を寄せ合わないと収まりが悪い。
密着していなくても仄かに伝わってくる体温も、薔乃の眠りの妨げになっていた。

「……璃青、ありがとう」
「…ん?」
「来てくれて」
「うん」

話すことはない、と言っていたことなど、薔乃はとうに忘れていた。
璃青の声を聞いた時から、薔乃は隠し続けることなんて、無理だと思っていた。
無意識に痛みを和らげようと、璃青の存在を心待ちにしていた。
薔乃は、あの恐怖を思い出しても、怯え、震えることはなかった。

「…ね…、璃青は各務のこと知ってたの?」
「各務ってあいつのことだよね? ううん」
「でも、各務は知ってるような口振りだったよね?」
「……うん」
「よく覚えてないけど、助けてあげるとか言ってなかった?」
「言ってた。何で知ってんのかな?」
「……何があったの?」
「ん? ……うん。同級生の男の子達に消しゴムをね、盗られたの。オレンジ色の。どうしても欲しくて、お母さんにねだって買ってもらったのに盗られちゃって」
「…うん」

薔乃の記憶の中にも、同じようなことがあった。
お気に入りだったキーホルダーを、いつもちょっかいを出してくる男の子に盗られた。
何度、返してと訴えても、聞き入れてもらえなかった。
次の日、キーホルダーは返ってきたが、薔乃は何も言わずに、男の子の目の前で、そのキーホルダーをゴミ箱に棄てた。
意地悪な男の子が触った物を、以前のように大切に扱うことができないと感じとったからだ。

「消しゴムは返ってきた?」
「ううん。返してほしかったら、お肉屋さんの倉庫に来いって言われて、行ったら閉じ込められたの」
「…え…、どうして、そんな…」
「さぁ、どうしてだろ? 私、でかくて男の子みたいだったから、似合わねーとか思ったのかもね」

──そんなことで?
もし、それが本当なら、やってる事が支離滅裂だと薔乃は思った。
“似合わないから、かわいい消しゴムを盗った”、は辻褄が合う。けど、そこからの倉庫が分からなかった。
消しゴムを盗った子は、最初から璃青を閉じ込めるつもりだったんじゃないだろうか?
薔乃の心に不安が広がった。

「暫くしたら、お店の人が気づいて助かったけど、怖かったな。寒いし、暗いし、血の臭いがして、おっきな肉の塊がいくつもぶら下がってて…、このまま扉が開かなかったらどうしようって。後から知ったんだけど、ああいう冷蔵系ってガスが出てて、身体に良くないんだってね」
「…璃青…、そんな冷静に話さないで…」

もしかしたら、命を落としていたかも知れないことなのに。

「…ん…でも、もう過ぎた事だからさ…。で、その日のうちにお母さんが、何も言わずに白い普通のを買ってきてくれたけど、私はオレンジ色の消しゴムを持つことも許されないんだなぁって思った。他の女の子達は、もっとかわいいの持ってたのにね」
「…璃青…。許されないことなんて…」
「うん。今でもそいつらのことは大嫌い。でも、私も酷いんだ。どうして、私ばっかり我慢しなきゃいけないのって。私は冷蔵庫で死にそうになったか、あいつらを焼き殺してもいいかって、何度もお母さんに訊いて…。小一がさ、同級生を殺してもいいかって訊くんだよ? お母さん、辛かっただろうな…」
「……璃青」
「言う度に、お母さんが宥めてくれた。私も辛いのよって、悲しそうな顔で言うから、言うのを止めた」
「……泣いてるの?」
「思い出したら、涙が出ただけ。泣いてない」

泣くというには、余りにも静かに涙を流す璃青の姿に、薔乃の胸は締め付けられた。
璃青も、己れの力だけではどうすることも出来ない、生まれ持った姿に傷つき、心を痛ませていたことを知った。
初めて会った璃青が、そんな傷を負ってるとは思えないほど、真っ直ぐで真っ白に見えたのは、全てを受け入れて尚、両足でしっかりと立っていたからだ。
折れた骨が、更に太く、強く再生するように、璃青の心は、母親の悲しみや苦しみを幾重にも纏わせて強くなったいた。
薔乃は知らず知らずの内に、そんな璃青の強さに惹かれていた。
今も…前よりずっと。
薔乃は、璃青の涙を拭い、顔を近づけた。

「…薔乃?」

璃青の唇に、柔らかく、薔乃の唇が触れた。
薔乃はシャツのボタンを外し、璃青の前で胸元を露にした。

「…璃青…触って…」

薔乃は、璃青の手を取り、己れの乳房にあてがった。

「…薔乃、どうし…」
「璃青が好き。璃青じゃなきゃ…嫌」

薔乃の手が、小刻みに震えていた。
璃青の掌に収まった薔乃の乳房から心音が伝わってくる。

「…薔乃、凄いドキドキいってる」
「……ん…、何かもう破裂しそう。…ね…もっと触って…璃青、髪も身体も全部…」
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