Season3 【完結】

□冬の章六 冬薔薇(ふゆそうび)1
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車のハンドルを回す度、左腕が鈍く痛んだ。
保健医は打ち身と診断したが、佐野が食い下がると、不機嫌な顔をして、ちゃんとした病院で診てもらって下さいと言い放った。
手当てを終えていた薔乃は、佐野と保健医が話している間に、佐野が用意したジャージに着替え、身を縮こまらせてベッドの上に座っていた。
項垂れた姿は、雨に打たれた花を思わせた。
本来の姿は消え失せ、容赦ない攻撃に、身を捩らせて、ただ耐えている。
今も身動き一つしないで、道順だけを告げていた。
薔乃が、ここですと言った家の前で車を停めると、薔乃は素早くシートベルトを外し、車から降りようとした。

「待って、文川さん。これ」

佐野は薔乃を呼び止め、ポケットから黒い携帯を取り出した。
それを見た薔乃の表情がさっと変わり、うちひしがれた花と同一人物とは思えない速さで奪おうとした。

「おっと」

佐野は間一髪で奪還を阻止し、手の内に仕舞い込んだ。

「か…返して下さい! それ、私のです」
「あなたは、自分の下半身を撮る趣味があるの?」
「……!」
「これ、校長のでしょ? 顔は写ってないけど、被写体はあなたね? 詳細を見たら、日付と時刻が、騒ぎを起こした時と一致してた」
「……消して下さい!」
「消さない。これは証拠だから」
「どうするんですか?」
「どうもしない。勿論、あなたを追い詰めるようなことにも使わない」
「…じゃあ…」
「全てが終わったら、あなたの手で消して。それまで私に預からせてほしいの」
「……」

薔乃の表情は、疑心で満ちていた。

「汚い大人達だと思ってる?」
「…そうじゃないんですか?」
「それは、これからの経過で判断して。さ、親御さんに、説明しに行きますか」
「親に話すんですか?」
「話さないつもりでいたの?」
「だって…」
「これは、100%学校側の責任なの。不祥事を隠す訳には、いかないでしょ?」
「…学校の責任とか分かりません……けど、私の意見は尊重されないんですか?」
「この件に関しては、されないわね。さ、降りて。お母様がお出迎えよ」
「…え? …どうして…」

薔乃の母親が、玄関先で待っていた。
薔乃の事を思い、居ても立ってもいられず、外に出てきてしまったのだろう。表情は堅い。

「あなたが、手当てを受けてる間に、電話があったの。あなたから話を訊いてなかったから、詳しくは伝えてないけど。怖い?」
「……」
「私は、罵詈雑言も悪口罵詈も…一緒か、受ける覚悟がある。勿論、慟哭や沈黙もね。あなたは、何も悪くないんだから、ふんぞり返ってればいいの。学校を悪者にしなさい。出来る?」

薔乃は、首を縦に振らなかった。
荷物を手に取ると、何事も無かったように車を降りた。
その表情は無に等しく、佐野が母親に経緯を話している間も、人形のように変わらなかった。



どれくらい時間が経ったのか。
佐野は学校へ戻り、薔乃は部屋に閉じ籠ってベッドの縁に座り、包帯が巻かれた両手を見ていた。
時折、指を動かしては、感じる痛みに、まだ生きているんだと失望した。
死にたい訳ではなかった。
けど、消えることが出来るなら、消えてしまいたかった。
何も感じられずにいたら、どれほど楽だろうかと思っていた。
璃青の停学を解いてもらうため校長室に行き、璃青と同じようにガラスを割って、でも璃青を助けることは出来なかった。
各務に襲われたことを考慮し、敢えて処分を受けた璃青に比べ、自分は何て愚かなのか。
薔乃は、己れの非力さに涙を溢した。
璃青だったら、どう動いただろう?
璃青なら、この先どうするだろう?
本当のことを伝えるために校長室に行き、更なる凌辱を受けたと知ったら、璃青は呆れるだろうか?
璃青会いたい気持ちと、知られたくない気持ちが、何度も携帯を手に取っては、リダイヤルの画面のまま、発信ボタンを押せずに終わるを繰り返した。
自分で弾いて狂わせた歯車に、他人を巻き込もうとしている。
その行為は余りにも自分勝手で、嫌気がさした。
嫌な自分を直視する度、璃青に嫌われたくない気持ち、嫌われた時の恐怖が胸に広がった。
画面についた涙を拭くと、薔乃は静かに携帯を伏せた。

「薔乃、お父さんが話があるって。開けるわよ」

母親が、いつもと変わらない様子で、部屋に入ってきた。
薔乃は、もう父親が帰ってる時間なのかと、改めて刻の経過を知った。
普段、父親が薔乃の部屋に来ることなど、殆ど無かった。

「……何?」
「母さんから話を聞いた。何で校長室なんかに行ったんだ?」

父親は、元々、表情の乏しい方だったが、今は更に強ばって顔色も悪い。薔乃には、他人の様に思えた。

「…友達の停学を解いてもらうため…」
「どうして、おまえが行かなきゃいけないんだ。停学になるような奴、放っておけばいいだろう」
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