Season3 【完結】

□冬の章二 色なき風
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頬を撫でる風がひやりとする。
陽はすっかり落ち、暗がりの中、璃青は家に着いた。
玄関を開けると、母親の陽子が、リビングから顔を出して、声を掛けた。

「お帰り。帰ったんなら、ただいまぐらい言ったら? あと、遅くなるなら、連絡しなさい」
「あ…ごめん。薔乃と喋ってたら、遅くなっちゃって…、遊命君は?」

璃青は制服のまま、リビングへと足を向けた。
ソファで寝そべっていた猫のブルーが、音もなく下りてきて、璃青の足元で身体を擦り寄せた。

「金曜日だから、可児君家に泊まりに行ってる」
「…あ…そっか…」
「何? 遊命に用事?」
「ううん…別に」
「そう? 荷物持ちの約束してるから、明日戻ってくるけど。ご飯、食べる?」
「うん…。じゃあ、可児さんも来るよね?」
「可児君に直接お願いしていない…けど、多分来るんじゃ…ないかな?」
「もう、定着してるよね。金曜日は可児家に泊まって、土曜日はうちに泊まって、各々の家で夕食とって」
「本当に」

陽子が茶碗によそいながら、ふぅと溜め息をついた。

「向こうのお家に、ご迷惑かけてなきゃいいけど」
「遊命君は心配じゃないの?」
「まぁねぇ…。何か悪さするんじゃないかって思ってたけど、煙草臭くなって帰ってくるでも、お金遣いが派手になってるでもなし…」
「普通に、勉強してるみたいだね」
「そうなの、だからね…」
「でも、多分…」
「……え?」
「何でもない。着替えてくる」

―多分、セックスもしてる。

二人が公言していなくても、付き合っていることを、母親は薄々気づいているみたいだった。
問いただすことも、詰め寄ることも、反対もしないで、ただ二人に任せている母親は、彼等が性愛を営んでいるなんて想像したことがあるのだろうか?
璃青には、何をどうするのやら、さっぱり分からなかった。想像してもAVよろしく、肝心な所にモザイクがかかるし、何より女役が存在するのも知らなかった。
ただ、遊命の心にどんな変化があったのか、どうやって可児の心と身体を受け入れたのか、それが知りたかった。
それと薔乃。
別れ際の、失望したあの表情。
自分に何が足りなくて、彼女を傷つけてしまったのか。
薔乃は、何も語らない。
数ある伏線と、可能性の点を繋げてみるが、しっくりくるものはない。何かが足りない。
複雑なようで、物凄く単純なものかもしれない。
璃青はループにはまりこんで、抜け出せなくなっていた。



「何だよ、璃青が来るなら、俺達要らなかったじゃん」

土曜日の午後。
田崎家の近所にある大型スーパーのフードコートは、人でごった返していた。
名前を呼ばれ、手を振る璃青に気づいた遊命は、あからさまに嫌な顔をした。

「大丈夫。みんな頭数に入った買い物をするって、お母さん言ってたから」
「マジか〜…」

遊命が、がくりと項垂れた。

「因みに、私は可児さんに用があって来たの」
「…俺?」
「遊命君でもよかったんだけど、経験値からいくと、やっぱ可児さんかなぁ…と」
「ま、そやろなぁ」
「って、おい! おまえが可児の何を知ってんだよ」
「まぁまぁ、薔乃のことなんだけど。覚えてる? 痴漢の話したときの…」
「あぁ…」
「昨日も遭って…」
「また!?」
「それは置いといて。その後、藍ちゃんに会ったのね?」
「藤沢?」
「藍ちゃん!? 何で?」
「あぁもう、一々取り上げないでよ、先に進めないじゃん。黙って聞いて!」
「聞いてるやん」
「聞いてる、聞いてる」

璃青は、鼻息を荒くした。

「でね、痴漢に遭った後だったから、空気を換えよう思って、薔乃に藍ちゃんを紹介して、お茶したの。そしたら、薔乃が余計なことするなって」
「…そら、そうやろ」
「可児さんもそう思う?」

可児は無言で頷いた。

「私、薔乃から、『私がどう思うか考えてくれた?』って訊かれて答えられなかったの。自分の価値観だけ押し付けて、薔乃がどう思うかなんて考えてなかった。だって、藍ちゃんや可児さんと話してると普通で、嫌な感じしなかったんだもん。薔乃も、そんなふうに感じてくれたらなぁって」
「普通やからやろ? 連れの恋心とは、かけ離れてるやん」
「恋心……? え、何? 何で恋心?」
「璃青は、藤沢や俺にときめいたん?」
「ううん」
「せやろ?」
「つーか、ときめいても、本人を目の前にして言わなくね?」

遊命が、ファストフード店のコーヒーを飲みながら、茶々を入れた。

「そうだね……でも、本当にない」
「分かっとるわ。二回も言わんでえぇっちゅーねん。璃青は、仲の良い男の知り合い程度でも、そいつには別の恋心があってん。璃青の思い付きと、ギャップがありすぎんねんて」
「…ギャップ…恋心、藍ちゃんってことはないよね…」
「ま、フツーに考えたらな」
「だよね。でも余計なことしたんだ、私…」
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