Season3 【完結】

□序 野分立つ(のわきたつ)
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空が高く、時折吹く風が、夏とは違う匂いを運んでくる。開け放たれた窓の外を、トンボがツイと横切っていった。
放課後の掃除はたるい。
可児は手抜きをしながら、季節が移り変わっていくのをぼんやりと感じ取っていた。
それでもまだ身体は汗ばみ、早よ家帰ってさっぱりしたいなぁ…と思っていた矢先、遊命が首からタオルを掛けて、教室に飛び込んできた。

「何や、どうしたん? びしょびしょやん。ってかあぁぁぁ、掃除してるとこに入ってくんなや」

可児は掃除を中断して、遊命のことをしっしっと追い払った。

「あいつらだよ、あいつら。二階から水かけてきやがった。可児、ロッカーにジャージが入ってるから取って」
「えぇ〜?」
「何だよ、入るなつったじゃん」
「しゃあないなぁ」

可児はぶちぶち言いながら、遊命のロッカーを開けると、袋に入ったジャージを放り投げた。

「サンキュ」
「ホンマやってること、チュー坊やな」

可児は掃除そっちのけで、遊命に向かった。

「まったくだよ。あいつらの脳ミソ、小学校から成長してねぇんじゃねぇの?」

遊命はシャツを脱ぎ捨て、保健室から拝借してきたタオルで身体を拭き始めた。

「にしても、今回は幼稚やなぁ。ナイフ持ち出してきた奴らと同一とは思えへんで」
「あんなんフェイクに決まってんじゃん。あいつらに人を刺す勇気なんてないよ」
「そんな勇気いりません。なぁ、その痕もあいつらなん?」
「痕? どれ?」
「肋んとこの火傷」
「ん? あぁ、これは違う。別人」
「ふーん……?」
「だからぁ、あいつらにそんな勇気ないって。じゃれてるだけだよ」
「その割に、遊命、鼻折ったりしてるやん」
「たまにはお灸据えてやんないと」
「お灸ねぇ…、あんま効いてないみたいやけど。で、痕つけた奴は今どうしてん?」
「さぁ? 学校来なくなっちゃったからな。高校も行ってないんじゃね?」
「ふ〜ん……」
「何だよ?」
「いや、遊命が、学校に来れんようにしたんかな?と」
「何だ、それ?」
「再起不能になるまで、ボコったとか?」

遊命が、眉を八の字の下げて笑った。

「そんなんしたら俺、今ここにいないんじゃね? りぃがいたし、俺だけの問題じゃなくなっちゃったからさ。あいつに被害が及ぶと、兄としては申し訳立たないじゃん。一応女だし、そのうち生理も始まって、軽はずみな行動はするなって、かーちゃんから言われたんだけど、大人しくしてたら案外平和だったね」
「平和か?」
「まぁ、たまにこんなのがある程度だよ」
「可児〜、さぼってねぇで掃除しろよ!」

級友が、手を休めていた可児に喝を入れた。

「はいはい……分かってるよ。ほな、ちゃっちゃとやってくるわ」
「…うん」

遊命と離れた可児は、掃除の輪に戻ると、おまえのせいで遅くなっただの、後は一人でやれだのと集中攻撃を受けていたが、本人は平謝りで攻撃をかわし、何もなかったかのように適当にゴミを掃き始めた。
可児が遊命の火傷のことを訊くのは、これが初めてではなかった。

「あぁ…あれはね……」

と、遊命の妹が話し始めた内容はざっくりしたものだったが、概要は把握できた。

「前置きがあるの」
「…前置き?」
「う〜ん……どこから話せばいいのかな? 遊命君ってさ、小学校のころ、いじめられっ子だったの」
「うん」
「でも、相手にしてなかったのね」
「そこは今も一緒やな。相手を増長させたんとちゃうか?」
「そう。生傷が絶えなかったし、裸足で帰ってきたり、髪が切られてたりしてたの」
「……うん」
「それでも、大人しくしてたんだけど、卒業式の日、学校でいじめっ子達をボッコボコにしちゃったんだわ」
「…は…、いきなり飛躍したなぁ。お礼参りしたんや、遊命」
「お礼参りって言うの? よく分かんないけど、式の後も、特に苛めてた子の家まで押し掛けて仕返ししちゃったから、当然親の知るところとなるし、中学でも名前が知られちゃってさ」
「……で、締められた結果があの火傷なんや」
「うん」
「……なるほどね」
「まぁ、ざっくりだけど、そんな感じ」
「ホンマ、ざっくりやな。ん〜、所々疑問に思うとこがあんねんけど…」
「これ以上細かいことは、分かんない。でも、その後は大人しくしてたから、多分、私のことが絡んでるんじゃないかな?」
「? そうなん?」
「…うん。お母さんと遊命君が話してるの、ちょこっと聞いちゃったから」

璃青は溜め息をついた。

「何かさ、周りの男子は全然そんなことないのに、身内が女の子扱いするなんて、心配しすぎだよね」
「いやいや普通やろ。女は守られてたらえぇねん、とは言わへんけど、危険回避できる道があんやったら、そっちを選ぶべきやで。それが結果として周りに迷惑かけずに済むことになんねんから」
「…うぅ〜ん…、そういう考え方もあるか…」
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