Season3 【完結】

□冬の章九 冬尽く(ふゆつく)
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「薔乃に、泣き寝入りしろって言うんですか?」

今まで黙していた母親が、身を乗り出して訴えた。

「いえ、秘密裏の処分を、黙認していただきたいんです。一連の不祥事の原因は学校側にあります。田崎璃青から、きちんと話を訊いて処分していれば、ここまで拗れることはなかった。この手落ちは理事長も承知です。その上で、お願いに参りました」
「そんな都合のいいこと…」
「そう思われても仕方ありませんが、あの変態エロハゲジジィや男子生徒を訴えても、標的になるのは、文川さんです」
「…えろ…はげ…」

薔乃の目が点になったいた。

「失礼。頭にきているのは、あなただけじゃないことを分かって」

佐野は微笑んでいたが、瞳の色は強かった。

「校長は解雇。まぁ、病気による辞職ですが。福嶋と安住は退学させました。各務は……残念だけど、文川さん達の証言以外、何も証拠がないの。狡猾な子ね」
「それじゃ、その生徒はまだ学校にいるんですね?」

母親が、間を置かずに尋ねた。

「はい」
「そんな所に薔乃を通わすなんて…」
「お察しします。でも、この時期に転校する方が目立ちますし、ありもしない噂が立ちます。攻撃の矢は、必ずと言っていいほど弱い方に向きますから」
「それでも…失礼ですが、先生、お子様は…?」
「いません」
「じゃあ、親がどんな気持ちでいるか、分からないですよね?」
「はい。親としての気持ちは、計り知れませんが、人としては分かるつもりです。何度八つ裂きにしたって、収まるものではありません。でも、それは、輩がこの世から消えても同じことです。文川さんが、己れの力で乗り越える以外ない。私も親御さんも、その手助けしか出来ないんです」
「そこまで分かってらっしゃるなら、どうして…」

薔乃の母親が食い下がった。

「二度と同じ被害に遭わないように、この先、ずっと囚われて苦しまないようにです。荒療治だとは思いますが…」
「そんなの拷問です! わざわざ傷口を広げるような真似、娘にさせるなんて…!」
「仰る通りです。ね、お母様はとても心配しているけど、文川さんはどう? 文川さんは他校を受験するのよね? 卒業まであと三ヶ月ぐらいだけど、あなたはどうしたい?」
「……私……」

薔乃は、そう言ったきり、また俯いてしまった。
置時計の秒針が静かに刻まれ、強い風が冬空と窓ガラスを鳴らす。
俯いた姿は昨日と同じだが、今日の薔乃は明らかに昨日とは違っていた。
雨に打たれた花の様相はない。
生命力を溜め込み、今や咲かせんとする大輪の蕾を思わせた。
たった一日の事なのに、少女の中でどんな変化があったのか、佐野には知る由もなかった。
ただ、この時期の子供特有のしなやかさと、逞しさに感服せざるを得なかった。

「…か…がみ…の顔なんて見たくもない…けど…」
「薔乃…」
「会って話さなくちゃいけない人もいるし、このまま離れたくない人もいる…」
「そんなの、学校の外で会えばいいでしょ? 私は反対です! 薔乃、よく考えて!」
「……お母さん」

でもね、と付け加えたい気持ちを敢えて留めた。
薔乃には、母親の心配が痛いほど分かっていた。
それでも、璃青のように、傷ついても尚、逞しく、真っ直ぐに生きられるなら、そうありたいと思っての決断だった。

「私個人としても、全力であなた達を守る。因みに、校長と安住達には、二度とあなたや中田さんに手出し出来ないよう、首根っこを押さえておいたから」
「何をしたんですか?」
「それは、知らない方が賢明でしょう。あ、そうそう、これ」

佐野が、鞄の中から黒い携帯を取り出し、薔乃に差し出した。

「文川さん以外の画像も沢山あった。他校の生徒や、プロのも。あなた以外にも、色々やらかしてたんだわ、あのジジィ。制服が好きみたいね。文川さんの好きにして。私が責任持つから」

薔乃は、佐野から携帯を受けとると、キッチンに向かい、躊躇うことなく水の張った洗い桶に沈めた。
車の中で携帯を見せた時の動揺が嘘のような、静かな表情と所作だった。

「……大丈夫なんですか? あんなことして…」
「えぇ」

母親の心配をよそに、佐野は平然と答えた。
薔乃は通電を確かめ、再起不能を確認すると、ガラクタと化した携帯を佐野に返した。
佐野は閉じてあった携帯を、何食わぬ顔で開き、そのまま力任せに、逆方向へと折り曲げた。
破壊音と共に、携帯は番の所で真っ二つになった。

「文川さんは何もしていない。見つけた時から、この状態だったことにすればいいんです。それと…」

目を丸くした母親を尻目に、佐野はまた鞄の中からあるものを取り出した。

「はい。学校に来るなら必要でしょ?」

佐野が手に乗せたのは、紺地に深い緑と白のチェックが入った、制服のリボンだった。
薔乃は見慣れたリボンを手に取り、擦れて丸まった縁を撫でた。
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