Season3 【完結】

□冬の章八 追儺(ついな)
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「薔乃ちゃん、起きてる?」
「……あ、はい」

遊命が炬燵のある部屋から、這いずるようにして出てきた。

「今すぐ家に戻れって。学校の先生から自宅に電話があったみたい」
「きっと、佐野先生だ…」
「佐野先生が? 何で?」
「…私、先生に何も話してないから…先生も深く訊かなかったし」
「…私も一緒に行こうか?」
「ううん。一人で大丈夫。全部話してみるよ。佐野先生が味方になってくれるかどうか分からないけど」
「お父さんのことは?」
「……ん…」

薔乃は、少し躊躇いがちに璃青に向き直った。

「…正直、お父さんの言ってることは一ミリも分からない。…また喧嘩になるかも…」
「…そっか。分かった。取りあえず帰ろ。家まで送るよ」
「うん…」
「あ、うちに泊まったことになってるから、合わせてね。それと、お父さんと喧嘩したら、うちに来ればいいから」

薔乃は微笑んで頷いた。

「とても不幸には見えないけど?」

藍が、二人のやり取りを見て、薔乃に投げ掛けた。

「…不幸じゃないけど…」
「けど?」

想い描いていた幸せとは違う。
それでも、自分のために、心を砕いてくれる友人が目の前にいるのは、幸せと言うのだろう。
薔乃は、藍に言葉を返さなかった。

「少しは吹っ切れた顔してんじゃん。璃青、何かした?」
「何かって?」

璃青と薔乃が、顔を見合わせた。

「そんなの教えるわけないじゃん。私と薔乃の秘密だよ」
「もぉ〜っ、兄妹でシンクロしないでくれる?」
「ん? 何が?」
「もういいよ。さっさと帰れば?」
「何なの? そんな風に言わなくても帰るよ。薔乃、帰ろう」
「…うん」

璃青達は部屋に戻り、帰り仕度を始めた。
遊命も寝ぼけ眼で、俺も帰ろっかな、なんて言って壁に凭れ掛かっている。

「君達兄妹は、秘密主義なの?」
「あ? どこが?」
「遊命は、可児と秘密を持ってるし、璃青は、あの子のこと秘密にするし」
「…あぁ、相手があることに関しては、ベラベラ喋らんないじゃん。藍ちゃんを仲間外れにしたわけじゃないよ」
「仲間外れとか、言ってないし」
「藍ちゃん。じゃ、帰るね。お邪魔しました。遊命君、残りの荷物持ってきてね」
「……んー」

璃青のお座なりな礼に、藍が仏頂面でシッシッと追い払うと、薔乃は申し訳なさそうな表情で頭を下げた。

「じゃあね」

藍の言葉に、頭を上げた薔乃は、微笑んで扉を閉めた。

「何だ、かわいいじゃん。で、遊命はどうすんの?」
「ん? 帰るよ。学校あるし」
「あっそ。まっじめ」
「藍ちゃんさぁ、腹減ったんなら、家に来ればいいじゃん。たまに可児がいるけど、かーちゃんなら歓迎すると思うよ」

藍にとって、目の前が明るくなる提案だが、乗れるはずもなかった。
どの面下げて「飯食わせろ」と言えるのか。
遊命の能天気な発言は、可児からも考えなしと指摘されていた。

「遊命が持ってきてよ。親とか、根掘り葉掘り訊かれるのヤダ」
「ワガママ王子」
「王子は大抵、我儘」
「世界のロイヤルファミリーに謝れ」



「すみませんでしたっ!」

璃青は、奥から薔乃の母親が姿を現すなり、深々と頭を下げた。

「勝手に薔乃を泊めて、ご心配かけました」

陽子の設定では、璃青が勝手に薔乃を泊め、陽子が内緒で文川家に連絡したことになっていた。
停学で揉めていた腹いせを、ここで返す母親に、璃青は心の中で何度も、「あのババァ!」と叫んだ。
璃青は頭を下げたまま、母親の言葉を待った。
薔乃も璃青に習って、無言で頭を下げた。玄関先までの間に見えた疲労の表情に心が痛んだ。

「頭を上げて下さい。ご迷惑をかけたのは、うちの薔乃ですから」
「でも…」
「薔乃と居てくれて、ありがとう」

玄関先で向き合うと、今度は薔乃の母親が頭を下げた。

「あ…やっ、止めて下さい! そんなこと…」
「あんな遅くに、薔乃を探しに行ってくれたんでしょ? 本来なら親がすべき事なのに…。本当に、ありがとう」
「…いえ…あの…連絡しなかったのは、私が悪いし、こんなの言える立場じゃないのは分かってるんですけど、…薔乃を責めないで下さいね」
「えぇ」

薔乃の母親は、慈愛に満ちた眼差しで微笑んだ。

「外寒かったでしょ? 中で暖まっていって」
「いえ…、あの…先生来るんですよね? 私、先生苦手なんで帰ります。じゃね、薔乃」

慌ただしく帰ろうとした璃青に、薔乃は惜別の思いで、ありがとうと伝えた。
母親は、閉まる扉に向かって、再度頭を下げた。

「…ごめんなさい」

薔乃が謝ると、母親は静かに頭を上げた。

「…どれだけ心配したと思ってるの? 田崎さんのお宅にもご迷惑をかけて。お父さんなんて、警察に連絡するって聞かなかったんだから」
「……うん、ごめん」
「田崎さんなんでしょ? 停学になった子って。外に出て大丈夫なの?」
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