Season3 【完結】

□冬の章七 冬薔薇(ふゆそうび)2
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「今度は、親に嘘つかせる気!?」
「その方が薔乃ちゃんの親だって、安心すんじゃん。明日には、絶対戻るから」
「戻らなかったら?」
「自分の子供、信用しろよ」
「…出来るわけないでしょ。隠し事はしてるわ、嘘はつかせるわ。戻らなかったら、私がその子ん家に乗り込みます。住所、置いてって」
「住所なんて知らねぇよ」
「じゃ、携帯番号。それと…ちょっと、待って」
「何? まだ、何かあんの?」
「お腹空くと、ろくなこと考えないから、何か持って行きなさい」
「えーっ!? 荷物じゃん」
「いいからっ! 独り暮らしの男子高校生なんて、どうせ、真っ当な物食べてないんでしょ?」
「ないと思うけどさぁ…」

遊命、メモ用紙に藍の携帯番号を書きながら、焦りを覚えた。
遊命も薔乃を心配していた。
忙しなく食料をタッパに詰める陽子に、早くしろと急かした。

「言うこと聞かないなら、行かせない」
「もぉ〜。分かったから、早くして」
「手伝ってよ、璃青も」
「どうすればいいの?」
「おにぎり作って、タッパ詰めて」
「分かった」

璃青は、陽子に言われた通り、無心でおにぎりを作り始めた。
こうなってしまったら、璃青は梃子でも動かない。
遊命は急くのを止め、食料の入ったタッパを、次々と袋に詰め込んでいった。

「こんなに食わねぇよ」
「残ったら、明日の朝食べなさい」
「あ〜、はいはい。じゃ、行ってくんね」
「絶対に連れて帰るのよ」

陽子が念を押すと、璃青は無言で頷いた。

「遊命君、そっちの方が重たいじゃん。替えよ」
「いい」
「背ぇ、縮むよ」
「うるせぇ。いったい、どんだけ詰めたんだ、まったく」

遊命が荷物の持ち手を変えると、陽子の小言のように、紙袋がガサガサと音を発てた。

「お母さん、多分、薔乃のために持ってけって言ったんだと思う」
「…何で?」
「薔乃、お腹空いてても、気づいてないんじゃないかな?」
「……ふーん?」
「食べないと、脳も動かないし…。少しでも食べてくれるといいんだけど…」
「そんだけでいいの?」
「え?」
「いや…、何でもない」
「……?」

解決しなければならない、空白の部分のことを、どう考えているのか?
璃青は、ただ純粋に薔乃を心配していた。



遊命達は、午前一時近くに、駅に着いた。
表通りにも、車の行き交いは少なく、裏通りに入ると人影すらなかった。
急ぎ足で向かうと、袋の中のタッパが、ぶつかり合い、音を発てる。

「あんま、ドタドタすんなよ。響くから」
「分かってるよ。遊命君の方が、うるさい」

遊命が、アパートの階段を登りきり、藍の部屋に目をやると、ドア影から藍が手招きをしていた。

「いらっしゃい。別に呼んでないけどね」
「何? ずっと待ってた?」
「んなわけないでしょ? 寒いのに。声が聞こえたから、出てきたんだよ。璃青もいらっしゃい」
「うん。薔乃のことありがとね、藍ちゃん」
「どういたしまして。何それ、二人共、凄い荷物」
「かーちゃんが、持ってけって。食料」
「マジで!? やった。ささっ、中に入って温まって」
「……藍ちゃん、態度変わりすぎ」
「探してた人も、中にいるよ。どうぞ」

璃青達が中に入ると、薔乃がよそよそしい空気を漂わせながら、炬燵に入っていた。

「薔乃、お腹空いてない? お母さんと一緒に作ってきたんだ。食べよ?」
「…私は…」
「食べよ、食べよ。何があんの?」

藍が嬉々として、紙袋の中を覗き込んだ。

「藍ちゃん…、本当にお腹空いてるんだね…」
「常にね。一人だと、明日どうしようとか考える」
「自炊すればいいじゃん」

あっけらかんと、遊命が言った。

「ピアニスト目指してる人間に、そういうこと言う?」
「璃青なんて、ピアノもテコンドーもやってるよ?」
「無茶苦茶だよ」
「私は、ピアニスト目指してないから」
「…テコンドー…、だから、あいつらやっつけられたんだ…」

薔乃が、美術室での璃青を思い出し、呟いた。
璃青は、薔乃に向かって、そうだよと微笑んだ。

「食べよっか?」

藍の部屋に、何も無いことを知っていた遊命は、皿と箸を持参し、隙あらば、つまみ食いしようとする藍の手を払い除けながら、適当に盛り付けた。
藍は、満面の笑みで頬張っていたが、薔乃は、目の前の盛られた皿に戸惑っていた。
璃青は、敢えて何も言わずにいたが、暫くすると、炬燵の中に突っ込んでいた手をおずおずと出してきて、一口二口と食べ始めた。
薔乃の口の中に、食べ物の匂いが広がり、飲み下すと、身体がじんわりと温かみを帯びていった。

「…美味しいね…」
「ホント。遊命のお母さん、料理上手」

藍が、薔乃の言葉に同意した。

「私も作ったよ。おにぎりだけだけど」
「おにぎりは、誰が作っても美味いじゃん」
「そのおにぎりすら、作れないのは誰?」
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