Season3 【完結】

□冬の章六 冬薔薇(ふゆそうび)1
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「お父さんなら、放っておけるの?」
「理由があっての停学なんだろ? 第一、停学になるような奴と付き合うなんて…」
「何も知らないのに、勝手なこと言わないで!」
「こんな時期に騒ぎを起こす方が、どうかしてる! おまえも! その友達も! いったい何を考えてるんだ!」
「……私が悪いの?」

薔乃が小さく呟いた。

「何?」
「悪いのは、私なの!? 生徒に手を出す教師が、悪いんじゃないの!?」
「……!」

薔乃の頬に、父親の平手が飛んだ。

「…あなたっ!」
「おまえに隙があったから、こんなことになったんだっ!」
「隙って何? 隙があったら、何してもいいの!? 今も隙があったから叩いたの!?」
「……煩いっ!」
「…止めて!」

母親は、父親の振りかぶった手を、必死になって止めた。

「あなた、少し冷静になって下さい。薔乃は被害者なんですよ。責めるなんて…薔乃も口答えしないの」
「口答えなんて、してない!」
「薔乃」

母親が再度、薔乃を窘めた。

「お…おまえの躾がなってないから、こんな反抗的になるんだ」
「お母さんは、関係ないじゃない!」

激昂した父親は、踵を返すと、部屋から出ていった。

「お母さんに謝って!」
「薔乃、いいから」

母親が首を振った。

「お父さんは、どこに怒りをぶつけていいか、分からないだけなの。本心じゃないのよ」
「だからって…」
「薔乃は、私達が何も知らないって言ったけど、あなたは何も言わないし、お願いだから分かるように説明して。どうして、こんなことになったの?」

薔乃は、母親の言葉を反芻した。

───どうして?

それは、薔乃が一番知りたいことだった。
相次ぐ蛮行に、何が原因でこんなことになったしまったのか、分からなくなっていた。

「……もう少し待って。お母さんには必ず話すから」
「今、話せないの?」
「うん…。…どう話していいか分かんないから…。お願い…だから、待って…」

本当のことを言ったら、また悲しませてしまうに違いない。
薔乃は、真摯に受け止めようと、真っ直ぐ見つめる母親に、精一杯の笑顔を向けた。
母親は、一瞬だけ悲しそうな顔をすると、
「お父さんを、許してあげてね」
と、言って一階へと降りていった。
部屋に取り残された薔乃は、机の横に掛けてあるトートバッグを取り、机の上に置いた。
父親に打たれた頬が熱かった。
大きくて重い掌。
温かくて優しい、己れを守ってくれるものだと思っていた。
また、一つ歯車が外れ、ギシギシと不快な音を立てる。
薔乃にとって、父親も、各務や校長と同じ男として、己れを傷つける、受け入れがたい存在になったいた。

「こんな時間にどこ行くの?」

母親が、二階から降りてきた薔乃に、声を掛けた。

「塾に行ってくる」
「こんな時ぐらい、休みなさい」
「勉強してた方が、落ち着くから」
「薔乃」
「行ってきます」

薔乃は、母親が止めるのも聞かず、一度も振り返ることなく家を出た。



田崎家の電話が鳴った。二十三時に程近かった。

「璃青、取って」

母親の陽子が、敢えて一番遠くにいた璃青を指名した。

「…何で、私?」
「ずっと家にいると、運動不足でしょ?」
「はぁ!? この距離で運動不足解消とかあり得ないし」
「何か文句でも?」
「はい、田崎です」

璃青がぐずぐずと取るのを渋っていると、間にいた遊命が受話器を取り上げた。

「りぃ、薔乃ちゃんのお母さんから」
「? 何だろ、こんな時間に」
「電話くらい、さっさと取れよな」
「うぇ〜い」

遊命は、電話を取り次ぐと、陽子の前に座った。

「何? まだ揉めてんの?」
「だって、本当のこと言わないんだもの」
「言わないんじゃなくて、言えないんだろ?」
「そうだとしても、停学なんて…」
「停学つっても無期ならいざ知らず、たかが一週間じゃん」
「璃青の肩持つなら、遊命も同罪だからね」
「何でだよ、馬鹿馬鹿しい」
「だったら、口を挟まないで」

陽子が上目遣いで、睨みを利かせた。

「大人気な。そんな大事? 俺だったら、気にも止めないだろ?」
「男の子と女の子じゃ違うの。しかも、受験生だし」
「あいつにとっちゃ、受験より大事なことなんだよ」
「受験より大切なことが、ごまんとあるくらい分かってます。私が言いたいのは、そういうことじゃなくて……あ、璃青」

時間帯からして、緊急を要した電話だったのではないか?
話し終えた璃青に、陽子は声を掛けた。

「薔乃ちゃんのお母さん、何だって?」
「……薔乃が、塾に行ったきり、帰ってなくて、うちに来てないかって…」
「…え?」

家族で寛いでいたリビングに緊張が走った。

「携帯は?」
「家に置きっぱなし。塾にも、もういないって」
「お友達とどこかに寄ってるとか…」
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