Season3 【完結】

□冬の章四 冬隣1
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「こんなの残しておいたら、証拠になるんじゃないの?」

璃青の言葉に、安住はヤバイと思ったのか、躊躇いながら、一歩づつゆっくりと近寄った。

「は〜や〜く」

璃青が、腕を振って挑発する。
ゆらゆらと揺れるベルトに、隙を見いだした安住は、奪い返そうと勢いよく踏み込んだ。
璃青は、猛進してくる男を間一髪でかわすと、ベルトを鞭のようにしならせ、空気を裂いて安住の顔面に振り降ろした。
乾いた音が、教室内に響く。

「……!」

璃青は、安住が怯んだ隙に素早く背後に回り、ベルトで安住の首を絞めた。
一…二…三秒、璃青が溜めた力を緩めると、安住は激しく咳き込み、床に倒れ込んだ。

「やだなぁ、先輩。こんなのレクリエーションじゃん。熱くなんないでよ」

福嶋が、嫌な笑いを浮かべて璃青に近づく。

「正義の味方気取りですかぁ?」

福嶋は、璃青の胸ぐらを掴むと、顔を寄せて威嚇した。

「生意気な女は、監禁して調教だな、各務」
「俺に振るな。知らねぇよ」

各務は、薔乃を背にしたまま、動く気配はなかった。
お互い一歩も退かず、暫く視線を外さない中、福嶋は次の手を考えていた。
璃青が少しでも怯んでいたら、この局面は、福嶋の優位で終わっていたはずだった。
それなのに冷静に受け止められ、微動だにしない璃青に、福嶋は少なからず呑まれていた。

「調教? どうやるの?」
「…こ…のっ…!」

もどかしさに耐えきれず、福嶋は、掴んでいた璃青の制服を引き裂こうと、力を込めた。

「…璃青!」
「…ぃぐっ!」

突然、福嶋の身体が、二つに折れた。
璃青は真正面から腹に蹴りを入れると、前屈みになった福嶋の首目掛けて、間髪入れずに踵を落とした。
目にもとまらぬ速さだった。
福嶋は崩れ落ちると、頭を抱えて唸り声をあげた。

「で? どうやるって?」

璃青は、乱れた制服を直しながら、福嶋を見下ろした。
その瞳は、静かだが、怒りに燃えていた。

「…薔乃先輩」

身形を整えた真昼が、薔乃に駆け寄った。

「…触っても平気?」
「……真昼…」

薔乃は自ら手を伸ばし、真昼の腕を掴んだ。

「…ごめ…、真昼…ごめんね…」
「……先輩」
「残念。楽しい時間が、過ごせると思ったのに」

各務は壁にゆったりと凭れ掛かり、これ以上、攻撃を加える意志が無いことを示すように、両手を挙げて言った。

「…薔乃、帰ろ」
「…う…ん、ま…真昼も…」

薔乃が真昼の手を力強く握ると、真昼は小さく頷いた。
璃青は、各務の動向に注意を払いながら、薔乃に近寄った。
何を考えているのか読めない男を前に、全神経を傾ける。一歩進む度、緊張が高まる。

「小学校のころに会いたかったな、田崎さん。そしたら、俺が冷蔵庫から助けてあげたのに」
「……」

璃青が振り返ると、各務は意味深に微笑んでいた。

「あんな派手なことしなくても、開いてるよ。どうぞ」

各務が、何事もなかったように、出入口の戸を開けた。
真昼は薔乃を支え、気丈に歩き出し、璃青は二人を見守りながら、意識だけは各務の方へと向けていた。
すれ違う瞬間、各務は怯える薔乃に向かい、暗示の言葉を掛けた。

「またね、薔乃」

背筋が凍るような言葉。
薔乃は再び恐怖に襲われた。
首に掛かる息や、触れた感触が生々しく甦る。
各務の声が頭の中で反響し、足元を闇が覆い尽くしていく。
身体の底から震えだし、すくんだ足は歩くことすら覚束なかった。
嫌なのに、思考は繰り返し繰り返し、植え付けられた愛撫を辿っていく。

「薔乃先輩、怖がっちゃダメ!」

崩れ落ちそうになった薔乃の目の前に、真昼の真剣な顔があった。

「…真昼」
「こんなこと言うの酷だけど、平気なふりをして」
「真昼…」

薔乃は抱えられている腕を見た。
真昼の手首に痛々しい紅い痕。薔乃はその痕に、そっと触れた。
真っ直ぐに見つめる真昼、背中には璃青に手があった。
ここで留まる訳にはいかない。
薔乃はふらつきながらも、再び歩き始めた。
二つの光を支えに、足元の闇が途切れるまで。

追ってくる者はいなかった。非常ベルは、いつの間にか止まっていた。
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