Season3 【完結】

□冬の章十 冬萌(ふゆもえ)
1ページ/2ページ

薔乃は、何度も姿見を覗いては、頭の天辺から爪先までを確認した。
今朝、三年間着ていた制服に袖を通した時から、言葉に出来ないぎこちなさを感じていた。
見た目におかしな所はない。
それでも、しっくり来ない違和感は、学校に近くなっても続いていた。

「おはようございます」

真昼が、身を乗り出して、挨拶をしてきた。
後ろから追いかけてきたのか、少しだけ息が弾んでいる。
覚悟はしていたが、薔乃は戸惑いを隠せなかった。

「……おはよう」
「ちょっといいですか?」
「うん…」

薔乃にとって、会って話したい人物の一人だったが、いざとなると思うように言葉が出てこなかった。
真昼は、正門を抜けると、来賓用の入り口を通り過ぎ、校舎の裏へと回った。
真昼の背中を見ながら、薔乃は切り出すタイミングを計っていた。
謝るべきなのか、お礼を言うべきなのか、分からないまま──。

「……真昼、その…ありがとう…。矢面に……証言してくれて」

真昼は、振り向き様に、薔乃の頬にパチンと平手を入れた。

「見くびらないで下さい。私は薔乃先輩が言えば、何だってします。先輩が何もするなって言うから、大人しくしてたのに、どうして、自分から事を起こしちゃうんですか!?」
「……ごめん」
「……っ、ごめんじゃなくて…!」
「…真昼を、あんな目に遭わせちゃったし…」
「そこは、謝らなくていいです。悪いのは、あいつ等ですから」
「…ごめんね…」
「だからっ……! あぁ、もういいですっ。謝られたら、次、何も言えなくなるじゃないですか」
「…あ…言って。何でも言って。聞くから」
「……もう、いいですって」

己れから振っておきながら、真昼は薔乃の口から、璃青が一番だ、と聞くのが怖かった。
突き詰めたら、きっと璃青の方が大切だと言うだろう。
真昼は、許したように見せかけて、話を打ち切った。
宙ぶらりんの会話を繋げようと、薔乃は別の話を持ち出した。

「…真昼はさ…」
「何ですか?」
「……」

真昼には、薔乃が言葉を選んでいるように見えた。
沈黙が怖かった。薔乃が、何を話すのか…。

「……あの…、校長室でのこと、知ってるんだよね?」

真昼は、心の中で、安堵の息をついた。

「…薔乃先輩、佐野先生って、結構タヌキですよ」
「……タヌキ?」
「カマかけたつもりだったのに」

己れの企みが、不発に終わったせいか、真昼は不機嫌な顔をした。

「……? 佐野先生から聞いたの? ひょっとして交換条件?」
「はい。お互いの利害が一致したと言うか、…そんな感じです。美術室のこと餌に、校長室のこと聞き出しました。だから…私も薔乃先輩に謝ります。ごめんなさい」

真昼は、深々と頭を下げた。

「…あ…謝らないで。…先生相手にそんなこと、…真昼にしか出来ないよ。…私は、黙って抵抗するぐらいしか、出来なかったから…」
「何だってするって言いましたよね? 校長室にも、私と行けば良かったんですよ。道理が通用しない相手ならともかく、先生も校長も人間ですから」

ハキハキと言葉を繋ぐ真昼に、気後れした薔乃は、ただ苦笑いするしかなかった。
誰もが一度は陥る“もしも”の誘惑。
時間を巻き戻すことが出来ないからこそ、その言葉の響きは甘く儚い。
真昼の言う通り、一緒に校長室へ出向いていたら──と、薔乃は一連を振り返った。
あらゆる処に、回避できる道があるように思われた。
──が、過去に手出しすることは出来ない。
修復にしろ、上塗りにしろ、前に進むしかない。

「そういえば、田崎先輩の停学、取り消されましたよ」
「…本当?」

薔乃の顔が、パッと明るくなった。

「はい。ただ、一週間から三日間にですけど」
「…そっか…」
「窓ガラス割っちゃってますしね」
「……だよね。でも、三日なら明日には登校してくるか…」
「田崎先輩がいれば、百人力です」

真昼が、フンっと力を込めた。

「……え?」
「え……って、各務! まだ、学校にいるんですよ!?」

驚きを隠せないのか、真昼は目を見開いて、薔乃に詰め寄った。

「あ…うん…」
「あ、うん…って…。本当に分かってます?」
「……真昼の顔見たら、安心しちゃって…」
「もぉ〜〜、今日だけは、一人にならないで下さいよ?」
「トイレにも行けないね」

薔乃が笑って言うと、真昼は間髪を入れずに、「休み時間は、私が各務を見張ります」と、鼻息を荒くした。

「…うん。…ありがとう。私、真昼に甘えてばっかりだね」
「私が勝手にやってるだけです。その先に進めないことも、恋愛にならないことも分かってますから」
「…うん…ごめ…ね…。私達、似てる…ね…」

その先に進めない恋。薔乃は、身を持って知った。

「ひょっとして…田崎先輩に振られました?」
「…うん。だから、真昼の気持ち分かるよ…。…辛いね。でも、離れたくない…」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ