恋と鬼退治
□動揺
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「それじゃあ来週は“新入生の泊まり合宿”です。高校生活一発目の行事なので休日はくれぐれも体調を崩さず怪我のないように過ごしてください、以上」
担任の先生は淡々とそう言い終えると、カツカツとヒールの音を鳴らしながら教室を去っていった。
小学校や中学校の頃は“規律”“礼”“着席”までがテンプレートだったが、どうやらそういった決まりは無い学校のようだ。
ここは街唯一の高等学校であるため、よっぽどの阿呆や都会を夢見る少年少女でない限り、街に3校ある中学からもれなくエスカレーター式で入学できる。
「な〜なこー帰ろうぜ〜」
そういって百化はドロドロと溶けるように、七々子の机に倒れるなり“はぁ〜”と深いため息をついた。
どうやら席が離れてしまったことが悲しいらしい。
たぶん。
七々子は教室の真ん中。黒板が見やすくてありがたかった。
一方の百化は窓際後ろから3番目だ。
よしよしと頭を撫でてみるとくるっとこちらを向いてえへへと笑った。
筆箱を鞄にしまって立ち上がると百化も鞄をかけ直す。
帰りに合宿に必要な物を買って帰ろうなんて話しながら廊下に出る時、まだ教室に人が残っていることに気づいた。
七々子と百化は放課後いつもグダグダとしゃべってしまう癖があり、大抵は一番最後に教室を出るのが定番だった。
教室に残っていたその子は、肩に軽く触れるサラサラとした藍色の髪をしていて、席に座ったままボーッと窓の外を見ていた。
七々子が引き戸に手をかけたままジーッと彼女を見ていると、こちらに気づいたのか軽く振り向いた。
「なに」
…
「まだ、出ない?」
「…そうだね」
ふっと息を飲んだ。彼女の目は何も悟らせない。少し病気的な白い肌に透き通った声は近づくことを許されないような雰囲気さえした。
「七々子」
百化にそう声をかけられ我に返ると、彼女に“ばいばい”と言って教室を後にした。返事は返ってこなかった。