ダー芸ワンライ3

□10.白い息
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春の車で送ってもらい
マンションに着く。
幸い、靴擦れした部分は
貰った絆創膏でガードされて
痛みは軽減されている。
これなら、明日の長旅も大丈夫そうだ。

『春、あのね……』
エレベーターを待つロビーで
春に声をかける。
『明日なんだけど、
朝早くに出かけるね。
夕方までには帰るから』
『どこか遠くに行くのか?』

まるでそれが、
本当にどこか遠くへ
行ってしまうかのように聞こえた。

『……知人のお墓参りに行くの』
そうか、と言って
春はそれ以上、追求してこなかった。
『気をつけて、行っておいで』

行って、おいで。
行ったら、帰っておいで、という意味。

何気なくみんなが使っている言葉。
行ってきます。
行って、来ます。
帰ってくることを
約束する言葉のように聞こえる。

うん、帰ってくるよ。
すぐに。春の元に。



お風呂上がりに
ミネラルウォーターを飲もうと
キッチンに向かう。

(そう言えば……まだあるかも)
冷凍庫を開け、奥の方に手を入れると
一つだけ、残っていた。
ひとくちサイズの小包装のアイスが。
夏の間に食べていたけれど
ここ最近は肌寒くなり
すっかり忘れていた。
チョコミントアイスが無いときは
いつもこれで済ます。


バスタオルで髪の毛の水滴を取りながら
ベランダに出る。
雨は上がり、雲の隙間から星が見える。
それでも、厚い雲は多く、湿度は高い。
はぁーっと息を吐くと
白い息が見える。
外の気温差のせいか、身体中からも
白い湯気が立つ。
アイスを口に含み
西の空を見る。
向こうは雨だろうか。

『風邪をひくぞ』
後ろから春が声をかけてくる。
『ん。ごめん』
『どうした?』
『いや、明日も降るのかなって』
『晴れるといいな』
『そうだね』

二人とも、吐く息が白かった。
気温が下がって来ている。
ギュッと春に抱きつく。
温かい……。
すりすり、と春の体に頬をすり寄せる。

『どうした?甘えて』
『体に、春の匂いを付けてるの』
『フッ……まるでマーキングか?
さっきまで、秋羅のタバコの匂いがしてた』

秋羅さんは私の前では
タバコを吸わなかった。
正確に言えば、
吸っていたタバコを消した。
それでも、喫煙席に座った私は
蔓延する煙を存分に浴びた訳だし
匂いが移るのは必然だった。

『喫煙席はもうやめる……
ろくなことがなかった』
クスリと笑う春が
触れるだけのキスを落とす。
一瞬の間ののち
今度は両手で私の頬を包み
もう一度、さっきより深く、
味わうようにキスを仕掛けてくる。

『んん……っ』

息が上がった頃に解放され
はぁ、とまた白い息が
密着した二人の間に漏れる。

『リベンジ?』
『え?』
問われている事が理解できずにいると
『さっきアイスを食べ損なったから?』
と続けた。

言っている意味が理解できた途端に
自分の顔が
カッと赤くなったのが分かった。

春は、深いキスで
私の口の中にあった
一口サイズのアイスを
味わったのだ。

『別に、そういう訳じゃ……
ただ、まだ残ってたから……』
『まだ、あるの?』
春がアイスを希望するなんて珍しい。
甘いものとか、苦手なはずなのに。
『あ、ごめん、もう無かった。
最後の一個だったの』

また今度買っておこうか?
と聞こうとする前に
『そうか、残念』と言いながら
もう一度、私に口付けてくる。
深く、味わうように──

全然、残念そうじゃないんだけど。

肌寒いベランダで
白い息を漏らしながら
飽く事なく、お互いのくちびるを
求めあった。




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