ダー芸ワンライ7

□2.金曜日、午後
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『これさぁ、面白いかな?楠はどう思う?』
結局はこうして楠に頼ってしまう自分を情けなく思うが、彼のアドバイスは的確で外れたことは滅多にない。今回だってきっと何かしらのアドバイスを与えてくれるだろう。
『そうですねぇ……』そう言いながら速読する彼の目は真剣で、ふざけた感情は一切入ってはいない。
そういえば、自分の作品を楠に読んでもらうのは久々な気がする。担当が夏目に変わってからもう随分と経つというのに、なんだかんだで楠がずっと支えてくれている気がしていた。
『ここの……このギターを弾く場面ですが、描写が薄い気がします。何かギタリストの映像や資料を集めましょうか?』
ほら、やっぱり的確だ。
楠が指摘した部分は、確かに私も表現が弱いと感じていた。
ギターなんか弾いたこともないし、知識もない。ネットでさらっと調べた程度ではカバーしきれないのは分かっていた。だけど今更、この場面をカットするわけにもいかなかった。
『ギタリストねぇ……』そう呟いて、ハッとする。
夏輝さんがいるじゃないか。
いや、それよりも、春自身がギターを弾けるはずだ。
全くの盲点だった。春にギターを弾いてもらって、それを観察すればいいのだ。

楠も同じ考えに至ったらしく、お役御免とばかりに原稿を机に放った。いや、正確にはとても丁寧に私の手のひらに戻した。
彼はいつだって、物を丁寧に扱う気がする。
『念のため、こちらでも資料は集めておきますけどね』と最終的な保険も残してくれた。
いつだって彼の仕事は、丁寧で正確だ。


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