ダー芸ワンライ6
□14.この教室で
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『信じられない!病人ですよ?わたしは』
『それだけ威勢がいいのなら、もう大丈夫だ』
慣れない人前での朗読。
降り注ぐ照明の熱。
カラカラに乾く喉。
上擦る声。注がれる視線。
全てを一気に受け止めたせいで
舞台裏に戻った途端に倒れた。
目眩のような、過呼吸のような。
汗をダラダラとかいて、呼吸も浅かったように思う。
フラフラになったところを
見に来ていた楠と編集長に抱えられた。
横になる場所がないから、と
編集長の車の後部座席で休ませてもらっていたのに
気がついたら車は発車していた。
『もしかして病院ですか?
そんなに私の顔色は酷いんでしょうか……』
『……いや』
それは、行き先が病院ではないという事なのか
それとも顔色が悪くはないという事なのか。
行き先は不明だが、
取り敢えず体を起こしてシートベルトを──
『着いたぞ』
『はやっ』
『元々、徒歩でも行ける距離だからな』
窓から見えた先の景色は
とても懐かしい場所。
まだ幼かった頃、
私が、春とは別の青春を送っていた場所。
懐かしい校舎。
来客用のスリッパをパタパタと鳴らして
職員室までの廊下を歩く。
途中ですれ違う女子生徒が
隣を歩く編集長をちらりと見ながら
すれ違いざまに小さな黄色い悲鳴をあげる。
『……相変わらずモテますね、晴輝先輩は』
『俺の武勇伝でも聞くか?』
晴輝先輩とは大学で再会した。
といっても私はもう別の恋をしていたし
顔を見ても思い出せない程だった。
だが向こうは違っていた。
中学の文化祭で、全校生徒の前で告白される寸前に
呆気なく他の男の手を(正確にはネクタイを)取ったものだから
告白されそうになっただけで、
何もしていないのにフラれたような状態になってしまった事を──
『いつまで根に持っているんですか、もう…』
三年間通った中学校。
花壇も、廊下も下駄箱も
何もかもが懐かしい。
『ここの下駄箱の近くで、晴輝先輩に胸を…』
『いつまで根に持っているんだか…』
あの時の出会いがなければ、
晴輝先輩を好きになることも、私が音楽室に通うことも──
『なんで中学校に来たんですか?』
『ここであのシンデレラが生まれたんだろう?
書けない書けないって泣きつくから
初心に戻ってもらおうと思って』
『体調不良の作家の意思も聞かずに?』
『もう充分休んだだろ?』
それは、執筆のことか、体調のことか。
これ以上、聞くことは出来なかった。
職員室の前に懐かしい教師の顔があった。
受付からあらかじめ連絡が行っていたのだろう。
少しだけ有名になった教え子の
突然の来訪にも関わらず、とても歓迎してくれて、なんだか気持ちが、親孝行をしたようなくすぐったい気持ちになった。
立ち話もなんだからと職員室に通されそうになったが……
『先生、音楽室って空いてますか?』