ダー芸ワンライ6

□6.役に立たないおまじない
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汗ばむお互いの素肌を密着させたまま、
情事の余韻を味わう。
ふと顔を上げると、
春の髪の毛が汗でぺたりと額にくっついていたので、
指先でそれをよけてあげた。

『……なに?足りない?』
足りないわけがない。
もう充分、愛しあった後だ。
『……はるのばか』
ぺしっと春の胸を軽く叩き、
そのままそこに顔を埋める。
汗で湿り気を帯びた肌からは
私と同じボディーソープの匂い。

秩序と安心の匂い。

それを鼻腔いっぱいに吸い込み
細く吐き出す。
私の中の細胞までも、
春に侵食されてしまえばいいのに。

頭の上から、クスクスと笑う春の声が漏れてくる。
笑い事じゃないわ。
こっちは本気でそう思っているのに。

足りないわけじゃない。
けど……

左胸にちゅっ、と
小さな跡をつける。
それだけでは飽き足らず、
首筋にも、鎖骨にも、
引き締まった腹部にも、たくさん。
おまじないみたいに。

何の役にも立たないのに。

春の長い指が、私の髪の毛を優しく梳いた。
お互いの体が、再び熱を帯びたことは
すぐに分かったけれど、
それに気付かないふりをして
私はどんどん跡をつけた。
下へ、下へと。

ちらりと目線を上げると
少し切なげな表情の春が見えたけれど
それも今は、気にしないふうを装った。

余裕を無くした春の吐息が聞こえるまで
私はおまじないをし続ける。

ありとあらゆる箇所に。



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