ダー芸ワンライ6

□2.蕩けるような幸せに
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こじんまりとした空間に
センス良く展示されている素敵な絵の数々。

どこか現実味を帯びていないような
美少女の横顔。
この世のものではないような
深く青く、美しい空と海。
点描画で描かれた猫。
アール・ヌーヴォーを彷彿とさせる植物。


春の休日に合わせて、私たちはこの空間に
足を運んだ。
届いたハガキを頼りに、その建物に足を踏み入れると
もうそこは、一つの世界が出来上がっていた。
たったドア一つを隔てただけで
こんなにも空気が違うなんて。
この建物自体が、すでにアートだった。

絵に負けない、でも主張しすぎることのない額縁でさえも
美しいと言わざるを得ない。
その素晴らしい作品の数々の中で
ひとつだけ、とても小さな絵があった。
B5サイズほどの、
他と比べて極端に小さなそれは
ハガキに印刷されていたものと同じだった。

緊密で、綺麗で、静かに狂っている。
私はその絵の前から
動けなくなってしまった。

『気に入った?』
春がそっと声をかけてきても
うまく返事ができないほど。
迫力に見惚れた、というのが率直な感想だ。
こんなに小さな絵なのに。

春が私の後ろに回り込み
そっと抱きしめて、
お腹のあたりで手を組んだ。
その手に自分の手を重ねると
頭の上に、春の顎が乗ってきた。
少しだけ背中に感じる重みと、
重なり合う鼓動。
逃げ場のない緩い拘束が、なんとも心地いい。

だから私は
現実に戻ってくるのが一瞬遅れてしまった。
蕩けるような幸せに、
ほとんどの意識を持っていかれていたから。


『もしかして、春?』
『……朱子か』

その会話が聞こえてくるまでは。


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