短編

□バレンタイン(井上秋羅)
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毎年、事務所に山のように届く
チョコレート。
手作りのものは有無を言わさず処分だが
市販のものはスタッフたちに
自由に持ち帰ってもらうようにしている。

それでも、まぁ
俺たちに届いた物なのだから
少しは食わねぇと悪いかなって。
1、2個を適当に選んで
(それでもアイツが
好きそうなやつを見繕って)
紙袋に放り込んで自宅に持ち帰った。

どうせアイツも、
俺のために用意してんだろうし。

『わぁ!これ有名な
チョコレート専門店のやつ!』

ファンから貰ったものだというのに
まるで自分宛に届いたものかのように
純粋に喜ぶ姿を見て
思わず苦笑する。

『他の女からのものなのに
嫉妬とかねーのかよ』
『チョコレート程度で秋羅さんが
ほかの女性にうつつを抜かすんですか?』

さすが、俺のオンナ。

『で、俺は本命さんからチョコ貰えんの?』
『……え、欲しかったんですか?
秋羅さん、甘いの苦手だから
用意してないんですけど……』

さすが、俺のオンナ……。

あっけらかんと
悪びれもせず言いつつも
妥協案を提示してきた。
少しは悪いと思っているのか?
まぁ、聞いてやらなくもない。

『それでは……
美味しいチョコレートを食べる私、
でどうでしょうか?』
『私を食べて、ってか?』
『秋羅さん……
【市販の教材】の見すぎです……』

こういう事もズケズケ言いやがる。
【市販の教材】の見すぎは
冬馬だろうが。

世の中のバレンタインは
甘ったるいムードが漂うんだろうが
俺たちの間には
そんな空気は一切なさそうだ。

翌朝、食洗機の中から
チョコが焼き付いて完全には取れなかった
小鍋が出てきた。

『どうやったら、こうなるんだ?』
『……鍋って、消耗品ですよね……?』

さすが、俺のオンナ……。
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