ダー芸ワンライ5

□18.透明で、まっすぐで、ずるい人
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時間にしてほんの数分だったのだろうが
待っているととても長く感じた。
本当にあの時、二人きりにさせて
良かったのだろうかと
今になって思う。

視線を落とし、
息を深く吐き出す。

エンジンすらかけていない車内は
やけに寒かった。
彼女が来る前に
温めておこうかと思った矢先、
運転席の窓を
コツコツとノックする音が聞こえた。

走ってきたのだろうか。
肩を少し上下させ、頬が赤い。
助手席のロックは解除しているはずだが
なぜか彼女は、運転席側に来ていた。

あ、と思った瞬間には
すでに運転席のドアは開けられ
その勢いのまま
彼女はガバリと覆い抱きついてきた。

『ただいまっ!』

少し息が上がっているその声は
迷いもなく俺だけに向けられた言葉。

一瞬、呆気にとられたが
すぐにジワジワと
幸福感が俺を満たす。

彼女の存在を
こんなに恋しく思ったことは無かった。
彼女の体に腕を回し
腰を引き寄せ頭を撫でる。

肩のくぼみに顔を埋める彼女と
彼女の髪の毛に鼻を埋める俺と。

『おかえり』

俺の恋人は
透明で、まっすぐで、ずるい人。
散々振り回したかと思いきや
あっという間に不安を拭い去ってしまう。

例えばほら、こんなふうに
俺の事を好きだって顔をさせて。

『もっと言って』

例えばほら、こんなふうに
些細なワガママも言ったりして。

『ちゃんと話し合えたか?
挟んだ指は、大丈夫だったか?』

例えばほら、こんなふうに
質問には答えずに
頬を擦り寄せてきたり。

『心配したぞ』
『ごめんさない。指は大丈夫。
楠とも、しっかり話し合えたわ。
だから……』

例えばほら、こんなふうに──

『だから、早く家に帰ろう?』

俺の気持ちを、あっさりと
言葉にしてしまう。

そして、俺の返事を待たずに
甘いキスを落として来るんだ。


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