ダー芸ワンライ5

□7.共有
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春が手にしたそれは、確か──

『彼らのどちらか、だろうな』

手触りが良さそうなケースに入った
ケータイが、そこに。

戻ってくるとも考えられるけれど
もし気づかずに帰宅してしまったら
きっと慌てるだろう。

『私、届けてくる!』
春の横をスルリと抜け出し
玄関へと急ぐ。

『待って。コートを着て行ったほうがいい』
『すぐ近くにいるはずだから、大丈夫。
電車に乗る前に渡さなくちゃ』

春の制止も聞かずに
ブーツに足を入れる。
きっとそう遠くまでは行っていないはずだ。
ここから駅までの道も
一本のみだ。
きっとすぐに見つけられるはず。

『これだけでも……』
そういって春が私の首に巻きつけたのは
春がいつも身につけている
黒のマフラー。
喉を痛めないようにと
特に冬は気を遣っているのが春らしい。

ぐるぐる巻きにされた私はなんだか……

『なんだか……雪だるまみたい』

口元まで埋まるそれは
まるで春が巻きついているみたいで
タバコと春の匂いがした。
さっきソファーで
春が上から抱きついてきたのを
思い出して、
少し顔が赤くなる。

『急ぐんだろう?』

そうだった!
きっとまだマンションの近くにいるはずだ。

行ってきます、と言って
勢いよく家を出た私は
駅までの道を疾走した。
口元を、春のマフラーで覆いながら。

春が身につけているものを
またひとつ、こうして共有できることが
なんだか、くすぐったかった。
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