ダー芸ワンライ5

□6.感謝
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『それでは神堂さん、失礼します』
『お邪魔しました〜、
先生あんなになってますので
後よろしくっス』


嵐のようにやって来て
搾り取るだけ搾り取って
楠と夏目は帰っていった。

テーブルに突っ伏して
大きなため息をついたところで
やっと私の仕事が
終わったのだと感じる。

頭の上で
クスクスと春の笑い声が聞こえる。

『お疲れ。何か飲むか?』
『ありがとう……
カフェオレをお願いしてもいい?』
『待ってて』

春がキッチンに向かい、
コーヒーとカフェオレを用意している間
私はソファーに移動して
ゴロリと横になり、目を瞑る。

こぽこぽ、カチャカチャという音が
キッチンから聞こえ
心なしか、鼻歌まで聞こえて来るような。
小さい頃にも、
似たようなことがあった気がする。

私の大好きな
透明な音色。

春が纏う空気はふわふわと柔らかく
ほんのり温かみを感じる。
すごく、居心地が良く落ち着く。

『いつも、あんな感じか?』
『うん、まぁあんな感じ……』

母親に、夏休みの宿題を
計画的に進めないからこうなるのよと
子供の頃に言われたのを思い出した。

最初は計画的に進めていたのだ。
しかし、途中からスケジュールが狂って
いつもこうなる。
昔から、私は変わらない。
変われない、のかもしれない。


『ソファーで寝ると風邪をひくぞ。
ほら、カフェオレができたよ』

それも、母親が言っていた気がする。
あたたかな、柔らかい記憶。

『ん』
両手を伸ばして、春に催促をする。
[起こして]の無言の合図。


求めていた両手が私に伸ばされ
きっとあっという間に起こされると思ったのに
予想に反して春は
全体重をかけて
私に覆いかぶさってきた。

ぎゅうぎゅうに締め付けられ
春の髪の毛が顔にかかって
少しだけくすぐったい。

コーヒーと、春の香水と
タバコの匂い。
今では私の、いちばん好きな匂い。

『おーもーいー』
『もう少しだけ充電させてくれ』

そういえば春も
自室で仕事をしているんだった。
もう、終わったのかな?

『ありがとう、春』
『何がだ?感謝されることは
何もしていないが……』

春の存在そのものが
私にとっては感謝すべきことなのよ。
なんて、恥ずかしくて言えないけれど。

私をとろとろにさせる甘い存在。
母親のようで、それとは違う
どこまでも深く、強い愛情。

なんてことはない、こんな時間が
今はとてつもなく幸せだ。
ずっとこうして──


『あっ』

耳元で春が声をあげた。
体を起こし、ソファーの奥まったところに
手を伸ばす。

『え、これ……』

春が手にしたそれは、確か──


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