ダー芸ワンライ5

□2.あなたの気配
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朝から調子は悪かった。
二日酔い、というほど
飲んではいなかったし
ただの疲れかと思っていた。

(こりゃ、風邪かもしんねぇな……)

練習後、冬馬の誘いを断り
コンビニで適当に
水分と食料を調達する。

家に着く頃には
体は朝よりも
ぐったりと重く、
飯を食う気力もなく
ソファーに沈み込んだ。

どれくらい眠っていただろう。

びっしょりとかいた汗が
体を冷やしていた。

(まずいな……本格的に風邪を引いてしまう)

喉もかなり痛い。
湿度は低く、部屋が乾燥しているようだ。

(加湿器……なんてもん、ねーしな)

夏輝にメールして
明日の仕事は休ませて貰うことと
もしあれば、簡易型の加湿器があれば
貸して欲しい旨の連絡をした。

そのまま気力を振り絞ってシャワーを浴び
浴室から出てきた時には
返信が届いていた。

【お疲れ。風邪か?
すぐに向かうから、玄関の鍵は開けておいて】

さすが、JADEのお母さん。
あいつの事だ、きっとあれこれと
持ってきてくれるだろうな。
栄養剤とか、経口補水液とか。

這うようにしてベットに向かい
そのまま意識を失うように
眠ってしまった。


『…………ら……さん、あき……さ……』

誰かの気配を感じる。
夏輝、か……?

額にひんやりと冷たい感触。

(つめた……つーか……、
随分小さい手だな)

夏輝ってこんなに
小さな手だったか?
いやそれよりも、
随分しっとりと柔らかくて
なんだか仄かに、いい匂いが……

『ぐっすり眠っているみたい……
このままそっと……静かに……』





違う。
お前は……




『……誰だ、お前』
『きゃっ!』

冷たいその手をグイッと掴み
こちらに引き寄せ顔を見やる。

この声、この顔は……



『は?なんでアンタがここにいるんだよ?』
『……秋羅さん、すごい声!喉が……』

いや、こっちの質問は無視かよ。

『秋羅、目が覚めたのか』
『春……?俺、夏輝に
メールしたつもりだったけど』

頭が朦朧としていたのか?
俺は確かに
夏輝に連絡をしていたはずだ。

『酷い声だな。
室内が乾燥している。
小さめだが加湿器を持ってきた。
夏輝は持ってないそうだから』

あぁ、そういうことか。
冬馬じゃねえけど
メンバー愛がすげえな、俺らは。

『秋羅さん、汗もびっしょり。
タオルで拭いて、
着替えた方がいいですよ』

つーか、なんであんたまで……。
この部屋に女なんて
入れたこと無いのに。



まともな付き合いなんて
いままでしてこなかった。
一夜限りの女とか
後腐れのない関係とか
そんなのばっかりだ。

こんなふうに風邪を引いたら
甲斐甲斐しく世話するようなタイプは
正直、重い。
女房ヅラして
気づいたら居座っちまいそうで。

だから自分のテリトリーには
メンバー以外は入れたことがない。
メンバーですら、
1回とか2回程度だ。

あんた分かってんのか?
男の部屋に
しかも寝室に入ってきて
寝込んでいる男の様子を見に来るって。
おでこに手を当てて
心配そうに覗き込んで。

さっきので気づけよ。
熱があっても
男の力には勝てないだろう?
警戒心もないのかよ。


『さっきシャワーを浴びたけど
ベタベタして気持ち悪りぃわ。
タオル、濡らしてきてくれるか?』

春がいるからって
警戒心ゼロなのは感心しねぇな。
それより、少し離れてくれよ。

彼女がタオルを取りに
寝室から出て行くと
それと入れ違いになるように
春が枕元までやって来る。

『風邪だな。薬は飲んだのか?』
『いや、まだだ。
喉が痛くて食欲も出ねぇわ』

適当に選んできたという
ゼリー飲料と風邪薬。
さらには栄養剤に葛根湯に冷却シート。
レトルトの粥は
味もレパートリーに富んでいた。

『フルーツもいくつか
冷蔵庫に入れてある。
体を冷やすのは良くないが
熱が上がってしんどいなら
アイスクリームもあるから……』

『春はいつから
JADEのお母さんになったんだよ。
それは夏輝の仕事だろうに』

喉が痛くて笑うのも一苦労だ。

全く……。
だから嫌なんだよ、女は。
どうせ全部、
にぶちんが指示したんだろう?

控えめなノックが聞こえ
あいつが入って来る。

『洗面所のところにあったタオル、
使わせてもらいました。
蒸しタオルにしたのでこれで体を……』

そう言い終わる前に
俺は着ているシャツを脱いだ。

『…………っっ!ど、どうぞこれ!』

真っ赤になって顔を逸らす。
まるで、見てはいけないものを
見てしまったかのように。

『なんだよ。
春の裸だって見慣れてるだろ?
たいして変わんねーよ、俺の体も』

程よく温かいタオルを受け取り
手早く体を拭く。
さっき気力を振り絞ってシャワーを浴びたのに
全然意味がない。

『着替えはここか?
勝手に開けるぞ』

至れり尽くせりだな。
春ってこんなに
面倒見が良かったか?

『あんた、俺の着替えも見るつもり?
ま、減るもんじゃねえし、
別にいいけど』


ごめんなさい、と叫ぶように言って
部屋から出ていった彼女を見て
ちょっと悪いことしたかな、と思う。

『秋羅、あんまり彼女をからかうな』
『悪い、この部屋に女を
入れたことが無かったんで
なんか突き放したくなっちまって』

正直、今でもあまり
いい気分ではない。

人が寝ている隣で
知らない誰かの気配を感じるのは。
でも──。

火照った頭に触れる
冷たく柔らかい手のひら。
仄かに香る、優しい匂い。
耳障りの良い声。
目を瞑っていたのに
心配そうな視線まで感じられた。


春が加湿器の電源を入れる。
乾燥しきっていた室内に
潤いが広がる気がした。

『何か色々と悪りぃな。サンキュ』
『独り身だからな、
何かあったら頼ってくれ』

まるでそれは
春が妻帯者かのように聞こえた。


女なんて、面倒臭い。
季節ごとにあるイベントや記念日は鬱陶しいし
仕事が忙しくなれば
会えなくなるなんてザラだ。
同棲なんて、絶対無理だ。

俺と春は、その点では
意見が一致していたはずだ。
まぁ春は、俺みたいに女にだらしなくは無いし
そもそも興味すら無かったはずなのに。

それなのに、あの春が……。

苦手なマスコミの前に出ていって
堂々と自分の気持ちを告白して
こいつマジであの春かよ?と
驚いたりもしたけれど。

でも、なんとなく。
ほんの少しだけ
理解できるような気がした。

辛かった体に
ひんやりと当てられた手のひら。
ただそれだけなのに
少しだけ安心した。
別に、一人が心細かった訳ではないのに。
ただ、あの時感じた気配が
やけに──。

『あの……秋羅さん』

またアンタは性懲りも無く。

『喉、辛そうですね。
温かいほうじ茶を入れてありますけど』

こういうの
苦手なんだけど。

『アイス、持ってきてくれたんだろう?
今は冷たいものが欲しい』

苦手だけど
甘えてやるよ。

『食べます?絶対美味しいやつなんで!』

自分が役に立ったことが
余程嬉しかったのか
俺にそんな笑顔向けるなんてな。
春に怒られても知らねぇぞ、全く。

『はい、どうぞ!
ハチミツもかけたので喉に良いと思います』

『なんだよ……これ』
『私のイチオシの、
チョコミントアイスに
喉に良いとされるハチミツをかけました』

大丈夫かよ、これ……

『そして、今日はなんとお誕生日なので
ポッキーも刺しちゃいます!』

マジでそういうの
苦手なんだけど。
しかも、1本のポッキーを折ってるけど
長さは全然違うし。
不器用にも程があるだろ。

なるべくハチミツを多めに掬って
口に運ぶ。

まぁ、予想できる味だ。

『歯磨き粉とハチミツの味がする』
『もうすこし溶かして混ぜましょうか?』

おい、春。
お前んとこの女は
どんな味覚してるんだ?

春を睨むと
『実は俺も、そのアイスは得意ではない』
とか抜かしやがる。

なんだよ、この部屋の空気は。
こんなに騒がしいのは
想定していない。
そもそも俺は病人だぞ。
もっと静かにさせてくれよ。



そう思っている反面、
この二人が醸し出す
柔らかい空気に
少しだけ飲まれてしまってたりもする。


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