ダー芸ワンライ6

□25.5キロ先を左折
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あれから彼女の事は宙ぶらりんのまま、俺たちJADEは全国ツアーを始めた。
3ヶ月。その間ずっと彼女には会えない。
東京での公演の時に、時間が合えば会いに行けるかもしれないが
ツアーが終わってからの方が、ゆっくり話もできるだろう。

ゆっくり話を、と言ったところで
進展のありそうな事はなにもないけれど。

札幌での公演終え、次の開催地は埼玉。
移動も含めて4日間も空いているから
会いに行こうと思えば会えるが……

以前の俺なら、記憶に残っていない彼女に会いに行くなど
考えられなかった。
むしろ、避けていた節さえある。
それなのに、これは一体どういう心境の変化なのだろう。
自分でもよく理解していない。
ただ、ツアー中に毎日スマホを開いては
彼女から以前貰ったメールや、自分で写した写真を見て思い出そうと努力している。
メンバーからも彼女の話を聞いては
そんな事があったのかと驚くことも多い。
その度に俺は、とても幸せな恋愛をしていたのだと思い知らされる。

早く起きた方が、相手の寝顔を写真に収められるとか
生放送のJADEのラジオに、わざわざ彼女を呼びつけて、挙句の果てに痴話喧嘩みたいな事もしていたりとか
彼女のサイン会に、こっそり妹の未来を連れて行ったりとか。

クリスマス前のメールには、
『ブレスレットありがとう。ペアリングも嬉しい』とメールが残っていた。
そう、俺の左手の薬指にはいつもそのリングがあった。
なんとなく外せずに今日まで来たけれど、きっとこれで正解なのかもしれない。

札幌から新千歳空港までの移動の車内で、俺はずっと彼女の事を考えていた。


『そういえばこの先ってさ』
前に座る夏輝が、思い出したように口を開く。
『去年行ったの覚えてる?春が休暇を取るって言い出して』
ちらりと窓の外を見るが、特に見覚えはない。
高速道路からの景色など、どこも同じようなものだろう。

『あの時の春は面白かったよな』
笑いを堪えるかのように、秋羅が続く。
俺が何かしたのか?

『そうそう、[偶然だが、俺も北海道に行くつもりだ]って
シレッというものだから、大爆笑だったぜ』

話の全貌が見えてこない。
俺が一体、北海道で何をしたというのだ。
3人の話について行けない俺に、夏輝が懇切丁寧に説明してくれたところによると
わざわざスケジュールを切り詰めて、俺は彼女の北海道行きの仕事に
偶然を装って勝手について行ったらしい。

『その時のホテルがマジで森の中の異国って感じで……
ほら、看板出てきた。5キロ先を左折だって』


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