ダー芸ワンライ6

□24.何かのせいにしなければ
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正直に言えば、春に話した内容は
ごくあっさりしたものだった。
本当はもっと……聞いてるこっちがしんどくなる会話だ。


『よう』
『……こんにちは』
俺も暇な身分じゃねえが、この店に来る度に
ほとんどの確率でコイツは来ていた。
昼でも、夜でも。
コイツ、ちゃんと家に帰ってメシ食ってんのか?
目の下のクマは化粧で隠しきれていないし
袖から見える腕は、一回り細くなったように見える。
普段そんなに気にしてない俺でさえ気づくのだから
記憶のある頃の春が見たら、心配して看病しているレベルじゃねえのか?

隣の席に腰を下ろし、コーヒーを注文する。
『……』
『……』
今日は無言の日、か。
どうせ会話をしても、その内容は決まっている。
ちらりと覗き見た手元には、あまり筆が進んでいない原稿があった。
注文したコーヒーが運ばれ、持ってきた小説を読むともなしに開く。
隣の細い右腕が、カリカリと万年筆を滑らせる。

『いまどき手書きなんて、珍しいな』
『こっちの方が時間が潰せるし、丁寧に書けば心が落ち着くんです』
手渡される編集者が、きっと大変なんだろうけど、心の安寧が保たれるなら、致し方なしか。

『春は……』
きた。
毎回聞かれるこの質問。
向こうだって答えは分かっているだろうに、
聞かないと落ち着かないんだろうな。
『春は元気にしてますか?』
『あー、うん。まあ普通かな』
『……ごめんなさい。しんどいですよね、この質問』

それでも、無意識に聞いてしまうんだろう。

『ねぇ秋羅さん、これで良かったのかな?
私は正しいかな?』

そんなの、俺だってわかんねぇよ。
冷めたコーヒーが、いつにも増して不味く感じる。
隣に座る女は、泣くこともできずに苦しんでいた。
このままでいいわけねぇだろが、クソッ!
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