ダー芸ワンライ6

□24.何かのせいにしなければ
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このままじゃ埒があかないと、半ば強引に秋羅に例のカフェに連れて行かれた。
偶然にも、彼女はちょうど店を出るところだった。
『……』
『あっ……』
見開いた目。
驚きと、戸惑いと、憂いが見て取れた。

『お久しぶりです……』
『あぁ……』

なにか話さなければ。
でも何を?
彼女から色々と聞き出せば思い出すかもしれない。
ではもし、思い出さなければ?
そう思うと、言葉は何も浮かばなかった。

『少し……痩せましたか?』
『ツアーに向けて、体力作りのために体を絞っているせいかもしれない』
『ツアー、いつからですか?』
『今月末からだ』
『……』
『……』

共通の話題なんて見当たらない。
思い出せる過去もない。
うつむく姿に、見覚えもない。

『手に……』
蚊の鳴くような声は、ともすれば聞き逃してしまいそうで。
『手に触れても、いいですか?』
それになんの意図があるのかは分からないが
それで彼女の気持ちが少しでも軽くなるのなら
お安い御用だった。

右手を差し出すと、躊躇しながらも彼女の左手が
俺の指先を遠慮がちに包む。
少し冷たくて、細くて、柔らかくて。

『ごめんなさい』
一体、何に対しての謝罪なのか。
うつむいた顔からは、なにも伺い知ることはできない。
繋がった指先から、細かな震えが伝わる。

『あの時私が、もっときつく引き止めていれば……』
あの日、俺が熱を出したまま仕事場へ行った日。
『しがみついてでも、休ませておけば……』
その後フラフラの体で倒れてしまった日。
『もっと私が……』
『キミのせいではない。俺が──』
『もっと私が、好きとか愛してるとか、いつも言葉にしていれば──』
『……』
違う。
彼女のせいではない。
『そうすれば私の事だけ忘れるなんて……』
どう考えても、俺のせいだ。
『ごめんなさい……』
ただただ謝罪を繰り返す彼女。
どうしてそこまで自分を責めるのだろう。
彼女の足元に、水滴がシミを作っていた。

『キミが謝ることではない。俺が──』
『わかってる!春のせいでもないよ!誰のせいでもない!』
涙に濡れた双眼が、ようやく俺の視線をとらえた。
先ほどとは違う、感情が溢れ出た声。
『でも、何かのせいにしなければ、心が潰れそうなんだもの!
何か理由を見つけなければ、おかしくなりそうなの!』

彼女の悲痛の叫びが胸を軋ませた。
繋がれた指先が離れ、それと同時に胸に飛び込んできた彼女の体は
小さくて、震えていて、以前より細くなっていた。

以前より細い……?
以前って、いつの事だ?


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