ダー芸ワンライ6

□23.拭えない違和感
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『一度さ、ちゃんと会ってみたらと思うんだ』
それからさらに数週間が過ぎたある日、
帰り支度を始めていた俺に、夏輝がそう提案した。
記憶が一部欠けてから一ヶ月は過ぎていた。

『何を話すんだ?』
俺だって、このままではいけないと分かっている。
分かってはいるが、何をどうしたら良いのか
見当もつかない。

『分からないけど……でも面と向かって会話をしたら、何か思い出す糸口が見つかるかもしれないし』
今の俺にとってはほぼ初対面の女性と
共通の話題があるとは思えないが。
そもそも向こうは、俺が彼女のことを忘れてしまっている事に気がついているのだろう。
無口な俺が、数秒で困り果てるのは
目に見えていた。

『俺、時々会ってるけどな』
夏輝との会話に入ってきた秋羅の言葉。
『知り合いなのか?』
『それも覚えてねーのかよ』
聞けば、時々利用するカフェが
彼女と同じなのだとか。
俺もそこに、彼女を迎えに行ったこともあるらしい。
その店の名は聞いたことがあるし
行った記憶もあるような。
あれはいつの事だったか……?

『会う度に聞かれるぜ、春は元気か?って。
それなりに元気だって答えたら少し困ったように笑ってさ。元気なら良かった、でも、自分がいなくても元気でいてくれることが少しだけ寂しいって。
自分がいないことで少しでも春が困っていたら嬉しいとか、そう思う自分が大嫌いだってよ』
『……』

この数週間、彼女はきっと
俺以上に苦しんでいたに違いなかった。


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