ダー芸ワンライ6

□17.腕の中
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『もし貴方様に、心に決めた女性がいないのなら……』

つい数時間前にも聞いたセリフ。
10年ほど前にも聞いたセリフ。
そのどちらもが、
俺に向けられてはいなかった。

そして今、全く同じセリフが
今度こそ俺に向けられて。

『どうか、私の手を取ってくれませんか』
差し出されたその指先が
小さく震えている。
ぽつり、ぽつりと雨粒が
震える指先を、睫毛を、
流れる空気を湿らせる。

『心に決めた女性なら─』
その濡れた掌を柔らかく包み
そっと自分に引き寄せ、
彼女の体を抱きしめる。
『─この腕の中にいる』
何度でもこの手を手繰り寄せる。

『キミにも選ぶ権利があるように
俺にも選ぶ権利があるんだろう?』
『……』

紙に閉じ込められた、あの時間。
シンデレラと一人の男のやりとり。
この後は確か……

『この後は、目覚めのキスだったか?』
『それは……白雪姫』
潤む瞳が少しだけ睨んでくる。
他の女性と間違えるだなんて、と。
『じゃあどうなるんだった?
首締められながら連行されて、担ぎ上げたら騒がれるんだったか?』
『もうっ!』
背中に回された掌が、ぺしっと弱く抗議する。
お互いに体が冷えていた。

『……あの担ぎ方は、ありえない』
『もうお嫁に行けないと言った時は呆れたな』
『もう、はるのばか!』
先程よりも幾分強めの抗議。
揶揄うのも程々にしなければいけないな。

『この後は、シンデレラが他の男に求婚してしまわないように─』

あの時のようなティアラはもちろん無いが、水滴が艶やかな髪の毛を輝かせていた。

俺の首に彼女の腕が回され
ガラスの靴がない分、うんと背伸びをする。

『情熱的なキスをするのよ』

俺も、キミの腕の中に。


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