ダー芸ワンライ4

□39.約束
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『あの……
来月の春の誕生日なんだけど。
何かない?
欲しいものとか、
して欲しいこととか』

なるほど、そういう事か。
それにしても彼女は
朝から出かけてメンバーたちに
相談していたのか、と思うと
僅かに嫉妬してしまう。
最初から俺に聞いてくれればいいのに。

『そうだな……』

しかし、困った。
これといって
今すぐ欲しいものは無い。
というより、
彼女がそばに居てくれれば
何も望みはない。
俺にはそれだけでもう、充分だから。
しかし、何も無いと断ると
きっと彼女は困り果てるだろう。
さて、どうしたら良いものか……。

ふと、付けっぱなしのテレビに目線を向けた。

温泉、離れ、露天風呂
そんなワードを並べ立てて
リポーターがその宿の紹介をしていた。

『あれが、いい』

テレビ画面を指さして
彼女にそう答える。

『え?なに?温泉?』
『そう、二人で行きたい』

ちゃんと希望を伝えたのに
なにやら不満げな表情。

『……なんか、
テキトーに決めました、って感じなんだけど』

その間もテレビからは
情報がどんどん流れてゆく。

紅葉のシーズンになると
予約が取りにくいだの、
一棟一棟が離れの客室だの、
カップル限定プランだの。

『大事な情報が流れているが
メモを取らなくて大丈夫なのか?』
『え、本当に行きたいわけ?』

まだ疑い深くこちらを見つつ
慌ててメモをとる彼女を見て
思わず笑みがこぼれる。
俺のために、こんな些細なことも
一生懸命になってる姿を見ると
心から幸せな気持ちになれる。

誕生日など、親に感謝する以外は
特に何も感じなかったのに。

『……笑ってる。やっぱりこれ、
テキトーに選んだでしょう?』

まぁ、間違ってはいないが。
それでもこの偶然には
感謝したい。

『カップル限定プランの
ワインボトル付きで、
夕食はグレードアップのほう。
あぁそれと、
チェックアウトも遅めにできるそうだ』
『春、ちょっと待って待って!
情報量が多いって!』

疑い深くこちらを睨みつつも
そんな顔も可愛いと思ってしまうあたり
俺はもう重症なのかもしれないな。

『ねえ、春?』
メモを取りつつ、彼女が言葉を投げかける。

『本当に、なんでもいいのよ?
春はもっと私に
ワガママ言ってもいいのに』

それは、こっちのセリフなのに。
キミは本当に、
なにも分かっていないんだな。

俺は毎日キミに甘えているし
我が儘を言っているつもりだ。
それなのにキミは、俺に対して
なにも我が儘を言ってこない。
いつも俺を優先する。

『それじゃあ…………』

どうすれば彼女が納得してくれるだろうか。
俺はこの上なく幸せにしてもらっているのに。

『その日は一日
俺の我が儘を聞いてくれるか?』
『もちろん!約束よ!
めいっぱいワガママ言って』

パァっと花が咲いたように
みるみるうちに笑顔になる彼女を見て
どんな我が儘で
彼女を喜ばせようかと思案していた。

『大丈夫か?そんな約束をして』
『え……なに、ちょっと怖いんですけど。
突拍子もないワガママは無理だよ?』

『なんだ、残念だな……
楽しみにしてるのに』
『い、いや、大丈夫だし!
春のお願い事、叶えるし!』

コロコロと変わる表情も
こんな何気ない会話も
キミと過ごす毎日そのものが
俺にとっては最高のプレゼントだ。

どうか約束してほしい。
その笑顔は、俺だけのために、と。



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