【メシア】

□no.1
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今日はバケツをひっくり返したみたいな、思わず笑っちゃいそうなくらいの酷い雨。
後衛の鳩がなにか叫んでいるように口を大きく動かしているけど、何を言っているのか私の耳でも分からない。
それは本当にこの雨のせいなのか、もうその力もないのか、わからないけど。

「へへ・・・」

もう笑うしかないなあ。徐々に体温を奪っていく雫ですらなんだか可笑しい。
だけど目の前の死神は笑い返すこともなくただ黙って忌々しい武器をこっちに向けている。

「なにか言えよ、有馬きしょ〜」

私もう直ぐアンタに殺されるんだよ。殺せて嬉しいですとかないわけ。
SS+級駆逐対象「no.15(クィーンデキム)」
それが私の名前で、 今の状況を物語るには最高の肩書き。
4年前、まだ10歳の時の私はご飯食べてる途中に運悪く偶然にもこの白い死神と出会ってしまった。
一瞬の間を置かずして交戦。結果逃げ果せたものの赫包を4つも破壊されるわ腹に大穴開けられるわで散々な目にあった。
そして現在。うまく逃げていたつもりだったけど、人間って凄いね。
わずかな食事の痕跡を見つけ、追跡し、パターンを割り出したとこで次回の食事場所を特定。
そして見事に腹を空かせてそこにやってきた私。とんだ馬鹿だ。
狙ってた喰種はすでに白鳩によって殺されてたし、よりにもよって眼鏡のこいつがいるし。
案の定何にも答えない死神を仰ぎ見て、はあ・・・と息を吐く。
身体中そこかしこが痛い。痛すぎてむしろ熱い。雨のせいで血はどんどん流れ出ていくし一面赤いし。
どうしよっかなーと死に際なのにやけに冷静な頭でいろいろと巡らせる。
ここから生きて逃げる策はどこにもなかった。


「!」

「・・・どーせ死ぬなら、カッコよくいきたいよねー」

えへら、と首を横に倒して笑う私に有馬は素早く反応した。
一体全体本当に人間かよってな速さで迫ってくる突き。
軋む体にムチ打てばギリギリで避ける。

「・・・足掻くのか」

死神の呟きは雨の音にかき消されたが、今この耳にはやけにはっきりと飛び込んできた。
目前の敵、死神含め30数名。
その全ての呼吸する音、息を飲む音、関節の骨が擦れる音、心音、何もかも鮮明に聞こえ、わずかな震えも視線の動きさえも見える。
いやに感覚が冴えている。
全身の細胞から力を集める感覚で。
ピキピキと音を立てて体が分厚い甲装に覆われていく。

「おいおいまじかよ・・・・」

後衛で待機を命じられていた白鳩の一人が雨とは違う冷や汗を流しながらつぶやいた。
とてつもない恐怖感。見た目はまるで天使のように真っ白で可愛らしく美しい姿をしていた喰種。
初めて資料を渡された時にはこの少女がレートSS+の喰種とは信じ難かった。ついさっき目の前で無数の赫子を出し仲間を殺し、
有馬貴将という死神と凄まじいまでの交戦を見せつけられても尚、あの小さく細い体躯から突き破っている触手とその少女は酷くチグハグで
できの悪いCGのようだとさえ思っていた。
だがしかしーーーー目の前にいるのは先ほどの天使の面影もない
一回りも二回りも大きくなったそれは山羊の角のようなものを無数に生やし、先に刃をつけた三本の尾をムチのように振るう。
言葉にならない絶叫を上げ、それは周囲を威嚇する。足が震え、自然と後退していった。周囲の人間たちも皆そうだ。
よく響くその叫び声はしかしどこか悲痛さを抱き、鼓膜を刺激し続ける。
CCGの死神他、特等や準等達が前衛で猛撃を繰り広げている中、
爆音と恐怖の波に放り投げられて動けない男はそれでも残った冷静さであることを思っていた。
ーーーファラリスの雄牛。
真鍮で鍛造された空洞の雄牛象、そのなかに罪人を閉じ込め外側から火であぶる。
それは黄金色に輝くまで熱せられ、炙られている罪人の悲鳴は内部の仕掛けを通して牛の唸り声へと変調され響き渡るのだ。
まるで中世の処刑器具のようだと思った。喰種は我々人間を喰らう。そして我らはその喰種から人々を守り、駆逐するためにある。
だからたとえ表面が人間と全く同じで同じ言葉を使い、感情があっても駆逐する。
それに疑問を抱いたことなどなかった。誇り高い仕事だと思っている。
だが、目の前のこれは・・・
咆哮を上げ暴れ狂う牛。その分厚い赫子を剥いでいけばあの白い少女がいる。歳は・・・まだ中学生くらいだろうか。
白鳩としての男を作り上げていた芯の部分が、グズグズと腐蝕していくようだった。

「!」

ぽん、と突然肩に何かの感触。我に返りばっと振り返る。

「丸出特等・・・!!」

こちらには目を合わさずに真っ直ぐ暴れ狂う赫者を見ながら丸出は言った。

「変な考え起こすんじゃねえ。アレは俺等の仲間を両手じゃ足りない程殺してる。幾ら幼かろうが可愛い顔してようが
彼奴は間違いなく俺たちの脅威だ。あんな天使みたいな顔して平気な顔して人間殺して喰ってる、お前が今まで駆逐してきた喰種とかわりねえよ」

「・・・・すいません、丸出さ・・・あ・・・」

「・・・・終わったな」

慟哭のような叫びを上げ、かの雄牛は力なく倒れた。しゅるしゅると音もなく、解けるようにして少女の体が現れていく。

「見るな。今のお前は見ないほうがいい」

「・・・はい」

丸出がぴしゃりと言い放った。
その言葉のままに視線を前へ移そうとした時、視界の端で確かに、
確かにあの死神が動かない少女の前で何かをつぶやいているのを見た。

「今更かよトレーデキム」

女はその言葉を最後に、その赤い瞳を閉じた。
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