読書したらトリップするなんて誰が思う?

□第零章
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  1話

 
 俺の名前はカイト。そこらにいる平凡な社会人だった。わけの分からない自称神様(笑)に異世界(笑)に飛ばされる数分前までは。
 

 * ・ * ・ *
 
 
 ぱらと一定の間隔で紙の捲れる音、紙の中に書かれた沢山の文字。日々の喧騒に疲れきっていた体には、それすらも心地よかった。

 本を読んでものの数十分、物語も終盤に差し掛かった頃、気が抜けたのか1つ息を吐きそっと目を閉じた。 ――これがイケメンならば絵になったのだろうが、生憎俺にそれほどの美貌はない。所詮フツメンだ。―― 再度深呼吸して結末を見届けるためにそっと目を開く。
 瞬間、世界は変わった。
 友人と同居している部屋も、座っていたお気に入りの椅子も、手に持っていた本でさえ消滅した。キョロキョロと何度も確認したが、何も無い、誰もいない白い世界へと変わった事はどうあがいても事実には変わりなかった。
 
 「......へ、え?」

 あまりの驚愕に間抜けな声が出る。それに反応したのかは分からないが、後方からぷぷぷっと吹き出す音が聞こえた。
 それが俺宛の笑みだという事はすぐに分かり羞恥で顔がカッと熱くなった後、一瞬で青ざめた。

 ついさっき全体を見たが、何も無かった。誰も居なかった。それならば、――
 
 
 ――後ろから聞こえた音は、何だ? 

 
 ひゅ、気管が変に収縮する音がした。上手く息が出来ず酸素が届かないからか、精神が受け入れたくないのか、思わずすっとんきょうな方向に現実逃避をしてしまう。その思考を現実に連れ戻したのは、皮肉にも後ろの何かの声だった。
 
 《やあやあカイト君、世界の狭間へようこそ! 祝福するよ。》
 「......、は?」

 少し低めの男声が聞こえる。雰囲気からして笑んでいるのは分かった。

 (...、待て。待て待て待て! 聞き間違いでなければ、 ――むしろ聞き間違いであってくれ。―― 後ろの男(仮)は今俺の名を呼ばなかったか? いつ俺は自分の名を言ったんだ。それに世界の狭間って何だ。確実にちょっと患ってる系の奴じゃないか。アイタタタタ。そして祝福されたくない。)

 《ははは、君ってば酷いなあ。》
 《...ああ、世界の狭間って言うのはその名の通り世界と世界の間だね。それと、カイト君の名前を知ってる理由は...、僕が神様だからさ!》
 
 ペラペラと勝手に口に出してもいない疑問を何故か読んで答えてきた男は、数秒勿体振って最後の疑問に答えた。

 (.....あかーん! ちょっとじゃなかった。大分患ってる奴だコイツ。自分は選らばれし(以下略)を軽く飛び越えて自分は神様(笑)って言ってるよコイツあかーん! 誰か絆創膏! 人一人包めるぐらいデカイ奴持ってきて!)
 ――もし本当に後ろの男(仮)がただの廚二なら、青年が居るここは何なのか分からなくなるのだが、今も現実逃避をする青年は気が付かない。――

 このまま居ても仕方がないと腹を決めて、怒りやら困惑やらでめちゃくちゃになった思考で声の方に振り向く。そこにいたのは仮面舞踏会で付けられてそうな派手な白い仮面をした白髪の男だった。――顔の露出は頬から下しかないが、それだけでも充分綺麗な顔をしていると分かった。――
 何もなかった場所から唐突に現れたという困惑や、稀に見るレベルのイケメン(ギリィ)だったのでジロジロと見てしまう。視線が男の足元まで行った時、目を見開いた。


 男は地面からほんの数センチ浮いていたのだ。


 地球の理を完全に無視したその状況に短い悲鳴をあげると、仮面の男は今度は堪えずに盛大に笑い出した。分かりやすく伝えるなら(^Д^)9m だ。思わず額に青筋が浮かぶ。――いつもなら適当にあしらえるレベルだが、今の状況に本当に混乱しイライラしていたのだろう。今すぐぶっ飛ばしたくなった。――
 ある程度笑うと飽きたのか男は口を開いた。

 
 《さてはて本題に入ろうかカイト君。君もいい加減気になるでしょ? 何で俺は世界の狭間だとかに居るのか? とか、色々。
 ああでも勘違いしないで! 君に質問する権利もなければ拒否権、ならびに自由権、選択権も無いんだ。そこはまあすっぱり諦めてよ、ね。
 とりあえずサクッと必要な事だけ言うとだね、君には異世界に行って貰いまーす。頑張ってね。
 抵抗は無駄だよ? 先に述べた通り君には拒否権もなにも無いんだから。お前にそんな権力あるのかって? 神の前ではそんなこと関係ないの。権力なんて下等生物が作った物は紙同然、全て無力なのさ!》
 
  
 すらすらと台本を読み上げるように喋り続ける男。どうしてかは分からないがその理不尽な言葉を遮ることができない。俺が現状を見て思ったのは、これがマシンガントークというやつか...。と全くもって関係ないことだった。どうやら俺の脳はどうしてもこの状況を受け入れたくないらしい。
 

 《そうそう忘れる所だった。世界を渡るには代償が必要なんだよね。普通の人間は記憶とかを代償にして転生し続けるんだ。人間の言うリサイクルだね。エコって素晴らしいよ! 
 ああ、たとえ異世界旅行が不本意であっても故意でなくても代償は払ってもらうよ。そもそも人間なんて下等種族が世界を渡るなんてご法度なんだから。代償は云わば罰だね。》
 
 《...あ、また話が逸れちゃった。話を戻すと、世界を渡るとき通常は記憶を代償にする所を、君は代わりに責任感の増幅≠ニ言う代償を払うんだ。記憶の代わりにね。
 ん? 増えてるのに代償なのか? そこは大丈夫だよ、ちゃんと君にとって、人間にとって罰になってるから。ほら、人間はちょうど良い一定の感情、理性、能力を持っているんだ。その一定が壊れるとどうなるか...。もう察したよね。ていうか察してよ。説明するの疲れてきちゃった。
 でも君は運の良い方だよ。感情や理性、能力は時の流れや人との出会いで変わってくる。良い方にも悪い方にもね。...ま、変わる確率は0に等しいけど。
 あはは、僕を恨むくらいなら輪廻転生のループを作ったご先祖様を恨みなよ。(...それが出来た原因も、君がここに居るのも、僕が弄ったからだけどね。)》


 まあ、たまにソレが効かない奴とか居るけど。と呟いて、またその神とやらは続けた。
 
 
 《さて、もう説明はこの程度で充分かな。異論は無いね、無いよね。良かったあ。まああっても受け付けないけど。》
 
 
 このまま黙ったままだとヤバイ。そう認識した頃には時既に遅し、俺の口は何か言葉を発する事は無かった。否、発する事も出来なかった。
 
 だって落ちてるんだから当然だ。俺は自称神(笑)の指パッチン1つで暗い穴を落ちていた。悲鳴どころか重力で気管が押し潰されて声も出ない。
 それでも1つだけ、どうしても言いたくて。重力に耐えながら無理矢理声帯を震わせて叫んだ。
 
 
 
 
 
  「......ふ、ふざけんなああああ!!」

 
――――――――――――
 
自由権
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