恋愛小説「BBQでABC」
□悲しみの蜜壺
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〜前回までのあらすじ〜
奥多摩へBBQに行こうという軽音サークル仲間の橋本たち。蝶野の色気に翻弄される橋本は運転中に勃起してしまったが…?!
運転中のBGMをそっとビーチボーイズに変えた。
車内はまだバーベキューはエッチかそうでないか、で揉めている。
「肉を固い棒状のもので貫くという意味ではやっぱりエッチかもね」
棚橋ひろ子は蝶野正子の意見に同調した。
でしょ?といった顔で後部座席を振り向く蝶野の髪から、シャンプーの匂いがする。
ティモテ、か。
橋本真哉は昔付き合っていた平田という女を思い出した。
平田もティモテを使っていた。
「だーれだ?」
と待ち合わせ場所で後ろから目を隠されても、ティモテの香りがするからすぐわかる。
「おまえ、平田だろ!」
といえば必ず当たった。
それでもティモテはもう思い出の微粒子でも平田の代名詞でもなんでもなく、今橋本の中では蝶野の匂いとして上書き保存されつつある。
「逆にBBQ以外でエロいのって何かな」
蝶野正子が言った。
すっかりこの会話を楽しんでいる。
後部座席からさっきまで黙っていた天山が身を乗り出して
「ボクはスシだとオモウヨ」
という。
天山は中国からの留学生だ。姓は天、名は山。不思議な名前だが、中国ではこれが主流なのだろうか。橋本にはわからない。
「えーっなんで寿司がエロいんだよ」
「ダッテ、スシはニギルじゃナイカ。」
「確かにヘイ、何握りやしょ!っていうわね」
「でもそれは男の目線だわ!女は握るって言われてもそこまでぴんと来ないもの」
会話が寿司がエロいかエロくないかで盛り上がっている。
車内BGMは「Wouldn't it be nice」だ。邦題は「素敵じゃないか」。
橋本がビーチボーイズの中で一番好きな曲だ。詳しくは覚えていないが、確か君と僕が毎日暮らせたら、それはとても素敵じゃないか、といったニュアンスの曲だった気がする。
僕たちの青春はどこに行くんだろう。
車内のくだらない話を片耳で聴きながら、橋本は思った。
運転しながらふと思う。
こうしてバカをやっていけるのはいつまでなんだろう。
確実に来る、大学卒業と、就職。
10年後にも僕らは、こんなばかばかしいけど素敵な友達でいられるだろうか。
まるで、奥多摩のBBQ場に着いてほしくない、いつまでもこうしてドライブしていたいような、そんな気分になった。
「ねえ、ちょっと聞いてる?」
棚橋ひろ子の声ではっとした。
「ん、ごめん運転と音楽に集中していたよ」
「あ、そう。橋本君は何が好きなのよ。ネタは。」
「ネタ?」
「そう。どんなネタ?」
「えっと、家庭教師ものとか、マジックミラー号とか」
「ちがう、そっちのネタじゃなくて」
「あ、お寿司のか」
やってしまった。蝶野正子が苦笑している。そうなんだー、とつぶやいている。
「お、おれはお寿司なら赤貝が好きだよ」
「きゃー、なんか赤貝もエロいね」
「橋本なかなかだなーお前!」
岡田たちもからかってくる。
車内ではまだビーチボーイズが「素敵じゃないか」と歌っている。
全然素敵じゃない…橋本はまだ勃起していた。
(続く)