恋愛小説「BBQでABC」

□憎しみの肉棒
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トンネルを抜けるとそこは楽園だった。

いや、とは言い難い。
東京都下の大学生が夏場にBBQに来る奥多摩。
ただただ、シンプルな山奥と言っていい。

だが、都会の喧騒から離れて、この非日常を楽しみに来た棚橋ひろ子たちからすれば、この山と川しかない景観すらも、芳醇な緑が眩しい。


BBQ場に着いた頃には正午を過ぎていた。
棚橋ひろ子は車から降りると大きく伸びをして、サイドミラーでさりげなく今日の服装をチェックした。

エロ過ぎないだろうか。

あたし、今日の服装、エロ過ぎないだろうか。

狙っちゃってる感、出てないだろうか。

「大丈夫。ひろ子。今日もほどほどでいい感じ。」

そう自分に言い聞かせる。
白いシャツに、デニムのホットパンツ。
軽い稲葉浩志だ。
そう、これはエロではない。

ただの稲葉浩志だ。

元数学教師からひょんなことで日本を代表するハイトーンボーカルの1人となり、日本を代表するホットパンツの男となった稲葉浩志である。

ソロアルバム「マグマ」の「Soul Station」が稀代の名曲である、稲葉浩志のマネをしてみただけ。

棚橋は橋本を視線の隅に探した。

運転を終えた橋本は少し安堵と疲労を顔に滲ませている。軽く伸びをして、タバコを吸っている。
あの頃と変わらないセブンスターだ。

棚橋はまだ。
まだ、忘れていない。

橋本の意外と厚い胸板を。
笑うとくしゃくしゃになる頬の皺を。
そして、橋本はまさに、棚橋のSoul Stationだった。


橋本の心が離れたのは、あの日からだ。

そう、蝶野正子の、変貌からだ。

蝶野正子はもともとはパッとしない女だった。
山形出身で、芋煮を作るのが特技だとうそぶく、よくいる地方の女。

棚橋も千葉出身だから、別に東京出身の都会っ子ではない。

が。千葉人は東京の属国としての誇りが凄い。
神奈川へのライバル心、埼玉とのNo.3争い、それらに全てをかけている。

だから地方の女なんかには負けないという謎の自負を抱いている。
正直芋煮は大好きだけど。
落花生より全然好きだけど、負けないと意気込んでいる。


ああ、神よ!
我らを見給う、全知全能の神よ!

千葉も!
地方なのに!
なんなら未だに暴走族いるくらい民度が低いのに!
全ての千葉人の勘違いと誇りに、どうかご慈悲を!
あと隣駅の小岩は千葉だと思っている市川人に裁きを!


棚橋は、蝶野正子の変身は、留学生のハルクと付き合ってからだと認識している。
ハルクの参加しているnWo法人のボランティア活動にて、蝶野は変わった。

ハルクに抱かれ、利用され、その血を色濃く受け、蝶野正子という穏やかな山形の芋煮レディーは変わった。

渋谷(六本木)に夜な夜な顔を出し、さながらセクシーレディーとして変貌していく蝶野を、棚橋は小馬鹿にしていた。
大学デビューめ。
ダサい服。黒ずくめすぎるわよ。


でも、男っていつもバカ。

棚橋の愛した橋本は、漆黒のアゲハチョウと化した蝶野正子の鱗粉に、毒されてしまった。


橋本は蝶野正子と寝た。
そして、それを知った棚橋は別れた。

もう2年も前の話だ。
橋本と蝶野正子は付き合うことなく、蝶野正子は未だにヒラヒラと新しい雄しべを求めて飛び回っている。

問題は!
橋本はまだ!
蝶野正子に未練を抱いている!

そう、棚橋ひろ子は確信している。
今もその確信は揺るがない。

だって、車から降りるとき、あたし見たんだもの。
蝶野正子に運転ありがと☆って言われた後の橋本の橋本。







そう、勃起していたのである。

(続く)

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