Snake's head fritillary

□2話
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「部屋はこちらを。坊っちゃんはもうすぐ帰られるんで、それまでここで大人しく待っててくだせぇ」
「………はい…」

さっき、ここ桐生組にお父さんと来て組長さんと奥様に挨拶をしたばかりだ。
広間に通されると、上座に組長さんがいてずらっと幹部らしき人たちが並んで待っていたが、婚約者であるはずの紳一郎さんはいなかった。
家なんて継ぐ気もなくて、お父さんたちもあまり仕事について教える気がなかったもんだから、ヤクザの横の関係なんて全くわからないし、まして他の組に足を運ぶなんてこれが初めてで、どこも似たようなもんかなんて思いながらも居心地の悪さを感じていた。

急展開な話で事が進み、見知らぬ場所で一人きりになると段々と不安が募ってきたが、部屋を出るなんて恐ろしいことは出来ずに広い和室の隅で膝を抱えていた。
どれくらい待ったかなんてわからないけど、いきなり部屋が開いたと思ったらそこに立っていたのは、スーツ姿の若い男が二人。
「………お前か。」
「へぇ、可愛いじゃん。初めまして」
「…あ、…初めまして…」
「……おい、着替え用意しろ」
「…………へ?私!?」
目付きが鋭くて、ただ見下ろされてるだけでもすごい威圧を感じる偉そうなこの男が、たぶん紳一郎さんだと思ったけど、何の説明もないまま言われても私にはどうすることも出来なくて、ただ座ったまま顔を見上げるしかなかった。
「紳一郎……いきなりそれはナイでしょ?困ってるじゃん。あ、オレは蓮実。よろしくね?」
「あ、茉帆です。よろしくお願いします」
「茉帆ちゃん。あのタンスの上から2番目をあけて、一番上の着物と帯取って」
「あ…はい」
蓮実と名乗った、明るい雰囲気の優しそうな人に言われて、私はやっと動き出した。
「茉帆ちゃん、着付けできる?」
「一応は…でも、簡単な結びしか…」
「なら、それをしてみて」
「……はい」
スーツを脱がすところから始まって、着付けを終えるまで紳一郎さんは一言も喋らなくて、蓮実さんも黙ったまま私の作業を見ていた。
何だか試されているようで嫌だなとか思いながらも、家でみんなにするように帯を結んだ。

「上出来じゃん、紳一郎どう?」
「……悪くない」
「茉帆ちゃん、家では基本、着物だから帰ってきたら着替えよろしくね?」
「…は…………え?……私が?」
一応、誉めてもらって思わずはいって返事をしかけたけど、寸でのところで留まった。

「………俺の嫁だろう?」
鋭い目に見下ろされたまま、さも当然とばかりに言われた言葉に私は唖然とするしかなくて、嫁じゃないという言葉をなんとか口にせずに済んだ。


……お父さん、テツさん。ヤクザという人はみんな女に着付けをしてもらわないと気が済まない生き物なんですか?

脳裏で二人が腹を抱えて笑ってる姿を思い浮かべながら、私は目の前の男を見た。
側で、横を向いて必死で笑いを堪えている蓮実さんの姿が目に入り、何か本当に家と変わらないぞ?と思いながら私は小さくため息をついて、わかりましたと返事をしたのだった。
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