Cornus officinalis

□1話
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「冴木君、資料のコピーは?」
「机に置いてます!」
「冴木、昨日の例のファイルどこ!?」
「キャビネットAの上から2段目に、名寄せで入ってます!」

キーンコーン……
「お先」
「お疲れさまでした!………はぁ……」
怒濤の一日がとりあえず終わり、私はグーっと背伸びをした。
入社して8年。自分の性に合っているのか、若いながらこの部署での事務に関して上司たちから、「内部は安心して冴木に任せられる」とまで言われるようになった。
そんな私も、近々久しぶりのプレゼンを控えているのだが…。

「先輩、お疲れさまっす」
「あー…お疲れ」
ニコニコと元気一杯に近寄ってきた彼は、今年入社した新人くん。
入社当初から、爽やかな顔と人懐っこい性格で女性社員だけでなく、上司たちオジサマたちにも気に入られている。
そんな彼の教育担当を任されてから、はや半年以上が経過していた。
うちの部長は叩き上げ精神が強く、新人だろうとも早い段階でプレゼンを行わせようとするのだ。
つまり、今回のプレゼンは彼がメインで、私は補助という訳で。
「先輩、今日も引っ張りだこでしたね」
「……そんなことないけど……プレゼンの資料出来上がったの?」
「あっ、それのことで相談が…。これなんすけどね?」
「あー……これは、あっちのキャビに入ってるやつの方がいいと思うよ。これ、古い」
彼…尾田君の質問に答えながら、私は残業分の仕事をこなしていた。


「…………終わったぁ…」
「お疲れさまっす!」
「………えっ?まだ居たの!?」
途中から声をかけてこなくなったから、とっくに帰ったとばかり思っていた私は、後ろから聞こえた声に驚いた。
「自分の仕事にのめり込んでたみたいだったから…」
「ごめん。もしかして質問あった?」
「いえ、もう終わりましたし………それより、例のちゃんと考えてくれてます?」
椅子ごと後ろに向いていた私を挟むように机に両手をつき、笑ったまま顔を覗きこむ彼を直視できずに視線を逸らした。


そう、私は先日、尾田君に告白をされていたのだ。
いわく、教育係として毎日仕事をしていくうちに惚れたらしい。
それに対して私は明確に断ったはずなんだけど……どうも納得してくれなくて、こうしてたまに迫られている。
「私、断ったよね?」
「歳が離れすぎてるのと、仕事が楽しいから恋愛はする気がない…でしたっけ?そんな理由じゃ、オレは引き下がりません」
「……じゃあ、好きな人がいる」
「平然と嘘つかないでくださいよ。歳だって、7歳しか違わないし、仕事と恋愛の両立だって無理じゃないでしょ?」
(女にとって、7歳下っていうのは結構なものがあるんだけど……)
という心の声は口に出さず、別の理由を述べてみた。
「プレゼンが控えてるから無理」
「……じゃあ、約束してください。プレゼン成功させたら、真剣に考えるって。」
「…あー、はいはい…」
何を言ってもまったく退いてくれない彼に、残業もしてちょっと疲れていた私は軽い気持ちで返事をしたのだった。
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