小説

□終わりと始まり
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遡ること1週間前。


ブルマはヤムチャに別れを告げた。


その時のことは、1週間が経った今でも、鮮明に思い出すことができる。


――――――


『本気か?』


彼は動揺した様子もなく、静かに問うた。


別れないでほしい、と懇願するわけでも、


そんなはずはない、と怒りを露わにするわけでもなく。


ただ無機質で真剣な視線を、彼女に向けて。


室内のヤムチャと通路のブルマの距離は、互いに手を伸ばせば触れられるくらいなのに。


その間は、何か見えないもので仕切られていた。


向こう側へ、自分が行くのを拒んでいるかのように。


そんな錯覚を、ブルマは覚えた。


『ええ。』


真っ直ぐに彼を見据える。


『あたしたち、きっと恋人よりも先の関係に進めない。


このままじゃ、お互いのためにならないわ。』


おもしろいくらいきっぱりとした物言い。


さながら、迷いが完全に吹っ切れたかのような。


すると、ヤムチャが真剣な表情を少し和らげ。


口元に右手を当てて、軽く微笑んだ。


なぜ笑うの?


そう思ったが。


『どうして俺が結婚を切り出したかわかるか?』


微笑んではいたけれど、それは淋しそうな笑みで。


心の中で彼は泣いているのだと気付いた。


ヤムチャはブルマの返事を待たずに続けた。


『悟空がお前に丈夫な赤ん坊を産めよって言ってたのに触発されたのもあるけど。


お前に安心してもらいたかったってのが1番の理由なんだ。


…俺、最近お前にどこか信用されてないような気がしてしょうがなかった。


俺から離れていくんじゃないかって、不安だった。


でも、それは自業自得だったんだな、


俺はお前にとっては浮気当然のことをしてたから。


言い訳がましいけど、俺、本当に浮気のつもりなんてなかったんだ。


お前を、心から、愛してた。


だから、まず『形』で示そうと思ったんだ、


俺が愛しているのはブルマ、お前だけだって。


…………。


お前は、恋人より上の関係にはなれないって言ったけど。


俺はそうなれるってずっと信じてたんだぜ?』


僅かな沈黙の後、そんな事を口にした彼の様子が、とても痛々しくて。


一瞬ではあるが、無責任にも別れを切り出したことを後悔した。


『ヤムチャ……ごめん、でも、あたし、』


けれど、ヤムチャは、必死に何かを伝えようとする素振りを見せたブルマを遮った。


『けど。


それは、単なる俺の独りよがりの理想に過ぎなかったんだって、今気付いた。


俺は、結局。


自分のことしか考えてなかったんだな。


浮気してない、浮気してないって自分の言い分を繰り返すばかりで。


お前がそのせいでどれだけ心に傷を負っているのか、そこまでは深く考えていなかったんだ。


…今のお前の答えで確信したよ。


俺がお前に振られるのは必然だったってことを。


それぐらい、俺は、お前からの信頼を失いすぎたんだな…。』


彼はそこまで話すと、ブルマから視線を外し、俯く。


少しの間、ブルマは何も言い返すことができなかった。


(こんな時に何カッコいいこと言ってんのよ。)


彼はようやく気付いたのだ。


自らの過ちに。


でも。


『…ヤムチャ。


やっぱり、あたし。


あんたとは一緒になれない。』


もう、決めたことだから。


散々、悩んで悩んで悩み抜いた上での決断だから。


もう、戻れない。


もう一度、寄りを戻せるかもしれないという淡い期待は、ただの気の迷い。


きっとすぐに消えるはず。


『だけど。


1つだけ言わせて。』


この言葉にヤムチャは顔を僅かに上げる。


『あたし、あんたのことを浮気ばっかりしてる最低なやつだって思ってるけど。


心から嫌いだって、思ったことはなかったわ。


だから……。』


確かに、何かを言おうとした。


『だから、……。』


けれど、何も言葉を紡げなくて。


昨日、あれだけ泣いたはずなのに、


視界が涙で揺らいできてしまって。


『…もういい、何も言うな。』


彼は言わんとすることを理解したようで、そっと自分に歩み寄り。


そっと、けれど力強く抱き締めてくれた。



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