小説
□白いピアノ
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「あら白いグランドピアノだわ。珍しー。」
ある街の一角、楽器専門店のショーウィンドウ越しにあったのは塗装が純白の美しいグランドピアノ。中の照明の効果により、それはまるでどこかのコンサートホールのステージ上にあるがごとく堂々たる雰囲気を醸し出している。
ピアノの他にも楽器はあったが、メインの商品はこの白いグランドピアノらしい。値段も一緒に展示しないのがいかにも商売といったところだ。
「ね、珍しいと思わない?」
ウィンドウの前で立ち止まったブルマは、ピアノに目を向けたまま、先を行くベジータに声を掛けた。彼の反応はといえば、
「ふん、興味がない。」
想像通りといえば想像通りである。
そもそも今日の2人でお出かけのシチュエーションはブルマの圧倒的支配権によって成立したものであり、ベジータは修業を中断させられてものすごく不機嫌なのであった。
んもう、とブルマは頬を膨らます。
「ちょっとは見に戻って来るとかしたらどう?」
「言っただろう、興味がないと。貴様が俺に薦めたものでおもしろいと思った試しがない。」
「愛する妻になんて冷たい態度なの!?
いいわよ、そのポケットの中のカプセルに入った戦闘服返しなさい!」
「なっ……!」
「あたしの薦めたものに興味なんてないんでしょ?」
「そ、それとこれとは話が別だ!」
「いーえ、同じよ。」
「ちっ!」
自分の絶対的不利を悟ったのだろう、ベジータは渋々彼女のもとに戻った。
「ね、綺麗でしょ?……あっ、勝手に鍵盤が。
これ、自動演奏機能付きなのね。」
「くだらん。」
「あたし、ね、」
ベジータの素っ気ない返答をよそにブルマは続ける。
「小さい頃、少しだけピアノ習ってたの。それよりも機械いじりのほうが好きだったからすぐにやめちゃったんだけど。
……そもそもピアノって知ってる?」
「それと同じような代物を他の星で見たことがある。」
「ふーん。やっぱり音楽を奏でたくなる気持ちって生物には共通なのかもね。」
鍵盤上の見えざる手が奏でているのは某作曲家の有名なピアノピースだった。どこか哀愁を誘うそのメロディーは聴いた者の心を突き動かす何かを秘めていた。
彼女は続ける。
「あんまりあたし音楽って聴かないほうなんだけど、でもときどきこうしてピアノの音聞くと安心するのよね。リラックス効果でもあるのかしら。」
「俺はこんな物より、敵を穿つ時に聞こえる断末魔の叫びのほうがよっぽどいいがな。」
「さらっと何言っちゃってんのよ。」
一瞬顔をしかめたブルマだったが、すぐに気を取り直して薄い笑みを浮かべた。
「ブラにピアノ、習わせようかしら?」
「それよりも闘い方を覚えさせたほうがいいんじゃないか?」
「それはあんたの趣味でしかないでしょ。」
「そのピアノとやらもブルマ、お前の趣味だろう。」
「うっ、言い返せない。
……ま、そうよね。まだちっちゃいブラがこれから何をするかなんて決めちゃいけないわよね。
あの子がしたいことをやらせてあげなくちゃ。」
自動演奏を続けるピアノを前に遠い目をする妻を何とかしてその場から引き離す手段はないものか、とベジータが思案していると、
「どうです、そのピアノ。めったにお目にかかれない品なんですよ。」
事態をややこしくする危険因子が店先にやってきた。
「素敵なピアノね、これ。」
ブルマがにっこり微笑んで今しがた出てきた楽器店の男性店員に声を掛ける。
そこでぴたりとピアノの演奏が止んだ。
「もし良かったら弾いていきませんか?」
店員もまた愛想のいい営業スマイルを浮かべ、親指でウィンドウ内のピアノを指し示した。
いいわねそれ、とブルマ。
ベジータだけが仏頂面だった。