小説
□きざし
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――ブルマとヤムチャが別れて、3か月が経過した。
季節はすっかり冬である。
年末が近付き、ブルマの予定は、今年し納めの仕事やら忘年会やらでびっしりであった。
そんな時であっても、居候の男のルーティーンにさして変化はなく。
ブルマとベジータの関係に、全くと言っていいほど進展がないのは自明の利である。
ベジータが重力室で修業に勤しみ、それが行きすぎては重力室を破壊し、ブルマがそれを直す、ということを繰り返していた。
……確かに、この3か月の間、2人に何か特別な出来事があったわけではない。
しかし、ブルマのほうは、確実に彼に魅かれつつあった。
とはいっても、大好き、というわけでもない。
ライクとラブだったら、ライクぐらいの感覚。
ヤムチャと別れた。
この事実が、これにどう関係しているかはさておき。
ブルマは、この異星人のことを以前よりも意識し、以前よりも観察するようになっていた。
(単純接触効果でも働いてるのかしらね。)
ヤムチャとの別れを暫く引き摺るのではないかと当初は思っていた。
しかし、実際は、案外あっさりとその事実を受け入れる自分がいて。
自分の心にあれだけの衝撃を与えたはずの出来事を、今や「そんなこともあったわね。」と昔のよき思い出を語るかのように言えるようになっていた。
というのも、やはり、比較的自分の傍にベジータがいた、というのが大きかったのだろうとブルマは今抱いている感情について、一応の説明を自分に与えている。
……まあ、重要なのは結果で、その過程がどうであろうと関係ないのだけれど。
――――――
(……というか、最近、重力室を修理する頻度、上がってないかしら?)
いくら彼を応援したい気持ちがあれど、またいくら彼に魅かれていようと、度が過ぎれば、それは別問題で。
暖房システムを備えていない作業室で、外と変わらぬ、いやむしろそれ以上の冬の寒さと戦うべく高防寒性の白いつなぎの上に黒色のダウンベストを羽織ったブルマは1人物思いに耽る。
今日はカプセルコーポレーション製大型バイクの試作品チェックが主な仕事で、今はその乗り心地を調べるべくシートに跨っていた。
特に小難しい作業というわけでもないので、手持ち無沙汰な脳は仕事以外の他愛もないことを思考してしまう。
(1日1回修理ってのも、けっこうな頻度だと思うのに。
最近だと、下手すると、1日2回以上修理するのもざらよね。
それに、派手に壊して、重症ってなことも増えてるし。
本人は関係ないと思ってるだろうけどさ、看病してるのはこのあたしなのよ?
ねぎらいの言葉の1つや2つ、あってもいいんじゃないかしら。
……あれ?そういえば、あいつ、最近、心に余裕がなくなってきたような……。
何かに焦ってるのかしら?
だから、重力室の扱いが乱暴になってる?)
思考の最中そんなことに、ふと気付く。
重力室で猛特訓に励む彼の表情に鬼気迫るものがあるのはいつものことだ。
……監視カメラ越しにそれが伝わってくるのだから、実際にそれを見たら、かなりの迫力があるに違いない。
それはともかく、鬼気迫るものが感じられるのは修業をしている時だけであり、
食事をしたり休息したりする時に心に余裕がない様子は見受けられなかった。
それなのに。
(最近、どんな時でも重力室で修業してるみたいな顔してるわね。)
食事に顔を出しても、眉間に深くしわを寄せ、さささーと大量の食べ物を胃に放り込み、ぷいっと修業の続きに向かう。
一見すると普段通りだが、そのわりに食事時間が以前より短くなってきているのには違和感を覚える(あまりご飯を食べなくなってきたのだ)。
また、ある程度の睡眠時間を確保していたはずなのに。
近頃は、寝る間も惜しんで夜遅くまで重力室に閉じ籠っている。
修業が上手くいっていないのだろうか?
(……まあ、無理もないか。
3年後に自分が人造人間に殺されるって言われて、焦らないほうがおかしいわね。
フリーザってやつよりも強いわけでしょ、人造人間って……。
超サイヤ人ってやつ?になったあの不思議な子でも、コテンパンにやられちゃってるんだから、相当強くなる必要があるわけよね。
あいつ、まだ超サイヤ人になれてないみたいだし。
そこから、さらに強くなる必要があるから、大変よねー。
でも、逆に考えれば後3年もあるじゃない。
そんなに焦る必要もないと思うんだけど……。
孫くんだって、超サイヤ人になるのに3年以上かかったってわけでもないだろうし。
……というかさ。
そんなにせっぱ詰まるんだったら、最初からドクター・ゲロをやっつけておけばいいじゃない!
だからあたし言ったのよ、自業自得だわ。
ほんと、戦闘バカって困るわね。
あたしの時間と労力を返しなさいっての。)
自分の世界にいつの間にか深く入り込み、いろいろ考え込んでいると。
ガッシャーン!!
バイクのスタンドが、何かの拍子で外れ。
「いたたたた……。」
ド派手に転倒してしまうブルマであった。
生憎、寒さ対策をほとんど施していない顔、特に右頬を冷たいコンクリートの床にしたたかに打ち付けてしまい、そのためかよりジンジンとした痛みを覚える。
ただでさえ寒さで赤く染まった頬は、さらに赤くなってしまったことだろう。
鈍い痛みに顔を歪ませながらも、寒さは痛覚を研ぎ澄まさせる、という話をどこかで聴いたのをブルマは思い出した。
「もう、何なのよ……!」
ぶつくさ文句を言いながら、バイクを起こす。
と、その時。
お手伝いロボットが作業室にすっと入ってきて、
「ブルマお嬢様、お電話が入っております。」
一言、そう告げた。