小説
□揺れ動くこころ
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ある夏の日、謎の青年が3年後に現れる人造人間の脅威を予言して1か月。
「なぁ、ブルマ。
俺と結婚してくれないか?」
そのように彼、ヤムチャに言われたのはつい先日のこと。
話がある、と西の都のとある喫茶店に呼びだされたのだ。
10年以上、付き合ってきた男性からの告白。
断る理由はない。
そのはずだった。
「……少し考える時間が欲しいの。」
口から出たのは、迷いと戸惑いの気持ち。
注文したコーヒーから立ち上る、か細く頼りない湯気を見つめた。
確かに、彼はいい人である。
それこそ、今も昔も。
しかし、いい人であるがゆえに、他の女性にもてた。
もてるだけなら別に問題はない。
問題は、彼の対応の仕方だった。
本人曰く、浮気のつもりはないらしいが、ブルマには、他の女と必要以上に親しく接しているようにしか見えなかった。
浮気疑惑をめぐって、言い争いをしたのは一度や二度ではない。
――ある日の夜遅くの出来事だった。
酔っぱらった彼が、職場の同僚の女性に連れられて帰って来たことがあった。
……仲良く肩を組んで、あたしといる時よりも楽しそうな表情を浮かべて。
そんな様子の2人を自室の窓から見ていた。
その時の2人が、職場の同僚、という関係であるようにはどうしても思えなかった、でもそれを認めたくなくて。
…自分の考えすぎだ、そう信じ込もうとした矢先。
女の方が、彼の頬にキスをする。
ブルマは、ヤムチャがそれを嫌がることを期待したのだが。
それどころか、嬉しそうにキスを返していて。
恋人同士、そんな表現がぴったりだった。
…翌朝、彼にお酒の力が働いていたとはいえ、彼と口論になったのは言うまでもない。
――とにかく、そんな一連のストーリーを幾度となく繰り返したせいで。
ヤムチャが自分だけを欲している、とはとても信じられなかった。
彼となら結婚してもいいと思うための決定打が明らかに欠如していたのである。
確かなのは長年付き合って同じ屋根の下で過ごしてきたという事実と誰にでも優しいという彼の長所とも呼ぶべきもの、ただそれだけ。
「俺が浮気してたって、まだ思ってるのか?
あれは、本当に誤解なんだ。
俺が好きなのは、ブルマ、お前だけだ。」
向かいに座るヤムチャがブルマに迫る。
その目は真剣そのものだった。
ブルマの瞳がわずかに揺れ動く。
……彼がここまで言うのなら、それは真実なのかもしれない。
けれど。
それが真実だったところで、同じことを繰り返すのは火を見るより明らかだった。
彼に結婚条件として、浮気と間違うような行為をしないということを突き付け、そして彼がそれを誓ったとしても。
本人は自分のその行動について無意識であるのだ、絶対にぼろが出てくるに決まっている。
そうすれば、また彼と言い争いをする羽目になりかねない。
いくら彼が性格の良い、いいやつであろうと。
それは結婚の大きなハンデであった。
そして、ブルマは以上のことを頭では理解している、が。
「お願い。考える時間が欲しいの。」
考えとは裏腹に、口は逃げ道を求めていた。
(ヤムチャとあたしって、何年付き合ってきたんだろう……。)
突然、そんなことを考える。
確かに、数えきれないくらい喧嘩をしてきた。
けれど、それと同じ数だけ2人で笑い合い、悲しみを分かち合ってきている。
これだけの時間をなんだかんだで共に過ごしてきたのだ。
性格的に相性が悪ければ、これは叶わぬことであっただろう。
その証拠に。
彼の女癖の悪さはさておき、それ以外で彼の嫌いなところなどひとつもない。
…正直なところ、30年以上生きてきて生まれて初めてのプロポーズに、素直に嬉しさを感じる自分がいるのも確かで。
このまま結婚を断っても良いのか、という迷いの気持ちが心の奥底でくすぶっていた。
そもそも、ヤムチャがこのタイミングでプロポーズしてくること自体、思ってもみなかったことで。
本当はどうしたいのか、自分の気持ちの収拾がつかず、戸惑ってもいた。
ブルマの視線はいつの間にか彼から下に逸れていて。
……考える時間が必要だった。