小説

□ある夏の日のこと
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エイジ774+X年、魔人ブウの脅威が人々の心から忘れ去られて数年。

西の都、午後1時過ぎ。

天気は晴れ。

デジタル温度計の表示がいかれるほど暑く。

都の至るところで蝉の絶え間ない声が響き渡り。

空の端には、紺碧の空と怖いくらいのコントラストを成す白い入道雲がゆっくりと形を変えつつ居座っている。

季節は、言わずもがな、夏であった。



西の都は、現在、夏真っ盛りである。

梅雨が早めに明け、鬱々した気分が晴れると思い喜んだのも束の間、晴れ過ぎて干からびそうな日々が続いていた。

連日の猛暑で倒れる者が続出して病院への救急搬送の件数は飛躍的に増えており、屋外に出た者の半分以上が熱中症及びその疑いで倒れているのではと噂された。

今朝、西の都中の幼稚園や保育園、小学校から大学までのありとあらゆる学校がそれぞれ休園・休校になり、必要時以外は外出を控えるようにと政府から非常事態宣言が出されるほど、猛烈な暑さが西の都を襲っていた。

暑さが続くだけなら、科学技術が進歩した現代において、その対処法はいくらでもあるはずだった。

しかし、規格外の暑さが続くと、大抵、予想だにしない出来事が起こる。

案の定、それは起こった。

今朝、西の都の全戸の電気供給が停止したのだ。

そのため、暑さはさらに凶暴性を増し、非常事態宣言が出されるほどになったという次第なのである。都全体原因は不明で、電力会社による原因究明が急がれていると、ラジオから流れる声は伝えていた。

「あーもう、なんでこんなに暑いのよ!じとっとして気持ち悪くてほんと最悪だわ!!この部屋がうちで一番温度低いのに、それでも温度が38度ってどういうわけ!?家電はだめになるし、うちの製品は余ってないし、ったく、肝心なときに使えないわ!!」

ブルマの声はよく通る高い声だ。

そのため、自宅中に響き渡りラジオの音はおろか外の蝉の声さえも一時かき消してしまう。

彼女はありったけの悪態を吐くと、手に持っていた苺牛乳の1リットル紙パックを傾け、もう片方の手に持っていたガラスのコップに注ぎ一気に飲み干した。

……最も湯のように茹り、生暖かい甘さが口に広がるだけだったが。

今、彼女のいる部屋は自宅のとある一室。その部屋には、ちょっとした応接にも使えるよう、中央に透明な円形ガラスのテーブルと、それに向かい合うようにして黒のビーチ材を基調とした座が茶色のラタンになっている洒落た椅子が2脚ずつ置かれている。

テーブルの中央には、手乗りサイズのラジオが無造作に置かれ、異様な暑さに関する臨時ニュースをひっきりなしに伝えているが、それもブルマの苛立ちを増大させる雑音でしかない。

椅子の1つに座って捲くし立てる彼女の表情はとても険しかった。

彼女もトランクス同様、暑さ対策に茹ったタオルを首に巻き付けていた。

薄黄色のノースリーブワンピースを身に纏う彼女からは、成熟した女性らしさの中に少女のような可愛さを感じられるのだが、言葉の1つ1つがどれも刺々しいせいで台無しになってしまっている。

そして、身体中から吹き出す汗で生地が素肌に密着してしまっていた。

ブルマは、はあと大きく溜息を吐くと、テーブルの向かいに座る男をいきなり睨みつけた。

「あのさ、ベジータ。いつも我儘を聞いてあげてるんだから、たまにはあんたも役に立ちなさいよ!暑いのをなんとかしてよ!」

暑さのせいで普段以上に言葉がきつい。

理不尽とも取れる言葉の刃を真正面から受けたベジータは、うんざりした様子であったが、逆上して彼女に喰ってかかることはなかった。

彼女の理不尽が癪に障るからといっていちいち頭に血を昇らせていると身がもたないことを長年の経験から心得ていた。

「お前は幼稚なことしか言えんのか。暑さをオレがどうにかできるのなら、とっくにやっているはずだ。ったくギャーギャー喚いて叫べばさらに暑苦しくなるのがわからんのか?」

ベージュ色のチノ生地ズボンを履き、紺色の襟付き半袖シャツから鍛え上げられた腕の筋肉を覗かせるベジータは、額に玉の汗を浮かべていたが、腕組みを崩さず、妻からの理不尽を冷ややかな視線で制した。

落ち着いた声で理論的に彼女を諭そうとするあたりは、サイヤ人であっても男は男。

女は声に出すだけでもストレスを軽減でき、それを咎めると歯止めが効かなくなるということを知る由もなかった。

……最も知っていたとして、諭すのを自粛するなんてことは彼の場合はないかもしれない。

自分が正しいと思ったことはそれを貫くのがベジータという男の性分である。

よほどのことがない限り、ご機嫌取りのために意志を曲げることはなかった。

「ふん、ベーだ!!何よ偉そうに!あたしがいなきゃ何もできないくせに!!」

火に油を注がれた妻はさらなる猛攻をしかける。

「……」

この発言に関してはぐうの音も出ないベジータ。

衣食住に不自由がないのも、効果的な修業を行えるのも、彼女のサポートあってのことであるのは、火を見るより明らかだった。

「ふん!」

ベジータは腕組みをしたまま、ふいと彼女から視線を逸らしそっぽを向いた。

ブルマの言っていることは正しいのは認めるが、それを口に出すのは彼のプライドが許さなかった。

それに、暑さよりも重大な問題が彼にはあった。

「そんなことをほざく暇があったら、さっさと重力室を使えるよう外部電源でも取り付けたらどうなんだ。」

視線をやや逸らしたまま投げやりに呟く。

電気供給が滞っているせいで、重力発生装置もただのガラクタとなっていた。

停電用に非常用電源が自宅に備え付けられており、それを使えば重力室を使えないこともなかったのだが、この暑さのせいでその電源さえも故障してしまっているのは先ほど話した通りだ。

「あっそ。もしそんなもんがあるならとっくにつけてるわよ。でも、重力室には供給してないと思うけどね!」

「なんだと!」

ベジータはブルマを真正面から睨みつけた。

ブルマもベジータの威嚇を鬼の形相で出迎える。

結局、言い争いの火蓋が切って落とされたようだったが。

「……!」

ベジータがブルマの顔からやや下向きに視線を外して、ハッと何かに気づいたような表情になった。

「えっ……?」

ブルマは、突然、夫の様子が変わったのを見、怒りそっちのけでキョロキョロと彼が見ているであろう辺りを見回す。

テーブルの上には、鳴りっぱなしのラジオと、空のコップと、飲みかけの苺牛乳のパック。

「あっ……!」

苺牛乳のパックの消費期限の表示に違和感を覚え、目を止める。

(に、2週間前の日付のような気がするんだけど……)

次の瞬間、ブルマは下腹部に強烈な痛みを感じた。



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