ナズナ
□魔法薬学初日
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授業初日に、朱雫は瞬く間にスリザリン一年の稼ぎ頭となった。
入学までの一ヶ月間、ホグワーツに滞在している教授たちに教えてもらえた分、最初の授業は最早楽勝と言っても過言ではなかった。
呪文学や変身術の授業では、フリットウィック教授とマクゴナガル教授は、夏休みのこともあってか朱雫がお気に入りのようで、事あるごとに朱雫に解答を求め、朱雫が答える毎に褒めちぎった。
そのせいか、入学初日に朱雫を遠巻きに見ていたスリザリンの同級生も上級生も、寮の得点を入学早々に稼いでいる朱雫によく挨拶をするようになった。
今は学校始まって初めての金曜日で、さらに初めての魔法薬学の授業に向かう途中だ。
「ノットくん」
「…なんだ」
「お腹空いたね」
「……さっき食べたばっかりだろ」
「私は全然食べてない」
「食べなかった自分が悪いだろ…」
隣を歩くセオドールとゆったりとしたテンポで会話をする。
やはり朱雫にとってイギリスの味の濃いこってりとした食事は未だに慣れそうになくて、パンやサラダ、フルーツやゼリーなどの、腹持ちは良くないが他のものと比べると比較的味の薄い物ばかりを口にしてしまうせいか、朱雫は食後でもすぐに腹を空かせていた。
「ここの料理の味付けどうにかならないかしら?」
「……ん」
「、!ありがとう」
「別に」
ここまだ知り合って間もないが、図書館などで鉢合わせることが多く、それとなく一緒にいるようになったセオドールもそれを知っていて、何かとマドレーヌやマフィンなどのお菓子を授業の合間に朱雫にくれたりする。
なんで持ってるのかは聞いたら彼はもうくれそうにないので、何も言わないでおこうと思う。
突如視界の隅に捉えた、顔色の悪いレイブンクローの上級生。さっきから鼻についていたニオイは彼女からだったか、と納得。
「ノットくん、ごめんちょっと先に行ってて?席は隣でお願いね」
「は?おい……」
教科書とその他の筆記具をセオドールに押し付け、彼の返事も聞かずに朱雫はその女生徒に駆け寄った。
「先輩、具合悪いんですか?」
「あなた東洋人の…。…スリザリンが他寮の心配をするの?」
朱雫のローブを見て、警戒したように顔を顰めた。
確かにスリザリンが他寮の生徒を心配するのは些か不自然だろうが、生憎と朱雫はそんなものに縛られる気はさらさらないのだ。
「ダメですよ、具合悪いのに無理しちゃ」
女生徒の質問には答えず、朱雫は困ったように笑うと、ローブの中からハンカチと短冊のような細長い紙切れを取り出した。
女生徒はさらに怪訝そうな顔をして朱雫を無視してその場を離れようとした。
「もう…変なことなんてしませんからちょっと待ってください」
女生徒のローブの裾を掴んだまま、紙切れ─護符─にふっと息を吹きかけると、それをハンカチで包んで女生徒に渡した。
「これどうぞ」
差し出されたソレを怪訝そうに受け取った女生徒は驚いて目を見開いた。
「女性が身体を冷やしたらダメですよ、お大事にしてくださいね」
ニコリと柔らかい微笑を浮かべてそう言った朱雫は、思った以上に時間がかかってしまったことに焦り、スっと身を翻して地下牢へと向かったのだった。
「あ、ちょっと…!」
呼び止めようとしたレイブンクローの女生徒の手には、カイロのように暖かくなったハンカチがあった。
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