ナズナ

□新たな世界
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燃え盛る炎を瞼の裏に見た。
目を開けると、そこには想像していた炎はなく、代わりに月明かりに照らされてキラキラと輝く湖とサワサワと葉を揺らす木々が目の前に広がっていた。

ぼんやりとした頭がここは知らない場所だと告げる。
吸い込んだ空気が喉を刺す。ヒリヒリとした痛みが、まだ鼻の奥に残る煙の臭いが先程の現実を物語っている。それでも、先程とは似ても似つかないこの場所にいるのは何故だろうと、水面に揺れる欠けた月を眺めながらふと考える。

右手にはあのとき母に持たされた荷物、左手には両親から貰った簪。こうなることを、母は知っていたのだろうか。母の顔は悲しみと少しの安堵した表情がないまぜになっていた。

最後に見たのは、燃え盛る炎と父と母だった。
父と母が、生かしてくれたのだろうか。あのままいれば、離れることなく、一緒にいられたのに。
自分一人生き残って、どうしろというのだろうか。

湖から視線を上げて、空を仰ぐ。
木々の隙間から見覚えのあるような─それも中世ヨーロッパに出てくるような城─建物が目に入った。
周りを見渡すが、あの建物以外この辺りには建物はないらしい。
そもそも、あの建物の中には人がいるのだろうか。いなかったらいなかったで、勝手に使わせてもらうのだが。
しかし、このままあの建物に行くのも何だか気が乗らない。かといって、ずっとここにいるわけにもいかない。
どうしたものか、と頭を悩ませていると急に人が現れた。

「Good evening」

青い目の白い老人だった。これもまた見覚えのある人だ。
口を開いた老人から出た言葉は、よく知る日本語ではなく、英語だった。

「...あ、、Good evening......」

朱雫はぎこちなく挨拶を返す。

「〜〜〜〜〜?」

老人が何かを言うが、何を言っているのか分からない。言語の壁は、めんどうだ。

「えーっと…I can't speak English.
あー……So I can't understand that you said to me.」

何とかそう伝えると、老人は顎に手を当て、一つ頷く。そうして、私に向けて手を振った。

「これで、どうかね?」

老人はにこりと、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。




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