SMAP応援企画

□#パラリンピック
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【愛などでなく】



愛とか同情ではなく。
ましてや、お前のためでなく

お前は俺を勝ち得たのだろう。




俺は、取材のために、福祉センターにいた。

今回のテーマは
耳の聞こえない人と
目の見えない人の
コミュニケーションだ。

しかし、この「ない」ってのは、なんだ。


なにが「ない」んだ。

気軽に「障害者」というが、何の障害だろうか。
「障」も「害」もすでに字が気に入らない。

カテゴリーに分類しないと、行政や福祉は仕方ないだろうが
にしても
俺まで、この文字で、人様を語る訳にはいかない。

「この場合、触覚でコミュニケーションをとるんですが」と
施設職員から説明を受けた。

「耳が聞こえないと手話をさわる
目が見えないと点字を指に打ってもらう。
しかし、先天性の場合、学校教育などで早期に学習しますが
大人になってからだと
覚えるのが難しいですね」


俺は窓際にいる、一人の男性を見た。

固まっていて人形みたいだ。
年齢は俺くらいだろうか?
そう思うのに
そうではないような?
俗世からかけ離れた美しさがあった。

「あの方は」
「彼は中途盲ろう者です。
難聴ベースです」
「ベース?」
「ろうベースは、ろう者が弱視を伴うケースで、手話ができます。
弱視ベースは、弱視者が難聴を伴うケースで、点字ができます。
しかし難聴者の多くは口を読むので、目が使いにくくなった時、コミュニケーションを取りづらいです」
「…」
「宇宙空間に一人浮いているような…不思議な感覚がするそうです」
「どうやって、その話をしたのですか?」
「手のひらに文字を書いて。
彼は平仮名が得意です。
読み取りがうまいですよ」
「俺でも書いてかまいませんか」
「はい。もちろん。
最初に名前。次に性別、年齢など伝えてください」
「…性別?年齢?」
「廣瀬さんがどんな人なのか、想像するためです。
何も知らないより知った方がコミュニケーションをとりやすいでしょう」
「性別は男女の他にもありますよね」
「そういう方はそう伝えてください」

説明してくださった職員は微笑んだ。

年齢や性別という概略をストレートに伝える違和感に戸惑いつつ
俺は指でひらがなを書いた。
指導が入る。

「書き順が違うと、読みづらいですし楷書で」


俺の手に軽く戸惑っていた、盲ろうの彼が
やがてふと笑った。

声を出さず唇が動く。

ひ・ろ・せ・りょー・い・ち?

最後を疑問符にしたので、俺は手で拳を作り、猫招きみたいに動かした。
これは、拳を頭として表現し、イエスやノーをサインするアメリカ手話だ。
日本手話の肯否よりわかりやすいので、これを使っているそうだ。

それにふれ、彼が笑った。

不思議と俺は涙が出そうになった。


嬉しかったのだ。

伝わって嬉しかったのだ。

伝わるとはこういうことなのか。
こんなに素晴らしいことなのか。




俺は伝える仕事をしていながら
どこかで伝わるのを怖れていた。

でもお前の指先が描く軌跡による文字
わずかな表情表現
それにより、伝わる気持ち。

すべてが美しく
すべてが面白く


もっと速く
もっと正しく
もっとわかりやすく


俺が見たもの
俺が聞いたもの
おまえが知りたいもの
おまえが伝えたいもの
今のリアルな気持ち


溢れるものを
溢れた早さで



俺は手話と点字を習い始め
お前に伝える。

それはお前のためではなく
俺のためだ。

俺がお前と話したいんだ。




やがて、週刊誌に
廣瀬遼一がボランティアに!?などと書かれ


センターの先生と俺とお前は、なんともいえない笑いを浮かべあった。

「ボランティア?」


くっくっと笑うお前。

「遼一がボランティア…ぶぶぶ」
「ああ。俺がお前にボランティアだ」

涙を流して笑われた。

「でも、遼一…ボランティアってのは志願兵だ」
「ん?」
「自ら進んで、という意味だ。
自発的に手を差し伸べることを言う」
「まあな」
「じゃあボランティアなんだろ」
「それを受け止めたお前もボランティアだ。
最初、俺の書く文字に苦労し、俺の手話や点字に根気よく付き合ってくれた」
「そのおかげで、俺は色々なことにチャレンジできる。
誰かのためになることは、必ず自分のためになることだな、遼一」

お前は俺に微笑む。
盲ろう者は表情表現を作りにくくなるといわれている。
なのにお前は屈託なく笑う。
そう、心から笑ってくれる。

「俺はお前が大好きだ、遼一。
誰がどんなにむごいことを伝えあっていたとしても
お前は優しい物語を紡いでくれ

甘ったるいとか切ないとか言われていてもよい。

現実より厳しいものはない。
本物の世界を
夢や幻で癒してくれる
そんな作品でいてほしい、遼一」

彼がにやりと笑う。

「俺には廣瀬遼一そのものが作品だ」

お前の生き方を誰かの戯言で汚すな、遼一




愛とか
恋とか
同情とか



いや、単にそばにいたい…

お前がくっついているだけで、
宇宙空間から戻ってくるよ


そう言われ、
俺は頬にふれさせ、答える。

どうか
手のひらで俺を読んでくれ

その手で
その指で


【終】
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