ひまわりは切り花にむかない・ 江本晴夜

□江本の通常営業
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【春のトイレットペーパー】

「……」

うららかな朝。

苦味が強いキリマンジャロのブレンドコーヒーを片手に江本が新聞を読んでいる。

借景になっている近くの大きな公園は見事な日本庭園で、開放時間ではないので、静かなものだった。
窓の向こうには桜並木が続き、その下にはしじみ花の白や連翹の黄色、紫花菜に菜の花、そして川土手は若草色に萌えている。
春特有の水彩画みたいな空、明るい日差しが差し込むリビング。

「……」

そこで白いテーブルの上、コーヒーを片手にやや気怠げな江本晴夜が新聞を読んでいる。

漆黒で艶やかな前髪から見え隠れする黒曜石の瞳は深くてやや愁いを帯びている。
整った鼻梁と、透明感のある肌質、意思が強そうなのにどこか淋しげな唇の形……
どことなくまだ少年のような、それでいて見事に完成されている風情の江本は「堕天使になった王子様」という感じだ。

江本は弟の会社「優衣」の副社長だ。
「優衣」は雑貨を取り扱う店で、ジャンルでいえば「ホワイトプリンセス」というか「フレンチカントリー」とか、ともかく綺麗で可愛い女性をイメージしている。
「優衣」って名前が弟の好きな女の子のことで、まあ、本当に「理想の素敵女子」ってのが確かに新川優衣っていう子のことだと思う。
華奢でかわいくて、あたしとはえらい違いだ。

あたしはというと、身長185、体格もばっちり良くて、ドンッとした巨乳にくびれた腹に高い位置の腰骨……
顔立ちも外人さんみたいなんで、レゲエな頭をしてるせいもあって、よく他人にマジマジと見られる。でも目があうとそらされる。
……つまり万人受けしない……

そんな日本人女性規格から並外れておるあたしの夫が、「優衣」ブランドファンの中では「堕天使な王子様」と呼ばれている江本晴夜なのだ。本当に申し訳ない。

しかもあたしは職場を田舎にしていて、江本は東京にいるから、遠距離結婚なんだ。
で、あたしは久しぶりにあった、年下の夫……5つも下だ……のコーヒー飲みながら新聞を読んでいる姿を真剣に見ている。
言っとくが真剣に見たくなるほど色男だ、江本は。

(それが昨日の夜なんか)

うっかり思い出してあたしは真っ赤になった。
……江本はけっこう激しい。
激しいっちゅうか、凄まじいっていうか、色っぽくて気が狂いそうになる。
いや、途中で桃源郷に旅立ったんで良くわからないけど、江本はとんでもない。
爽やかな朝の光を浴びながらも存在そのものがエロい。

「……」

と、江本と目があった。

「姐さん」

江本はあたしの弟の舎弟だから、あたしを「姐さん」と呼ぶ。

「何してんだ」

低く甘い声であたしを呼び、あたしの後れ毛をかきあげる。

「……っ」

首を傾け、そっとキスをされ……

「……」

それがとんでもなく深くなっていく。

「え、江本……っ」
「“晴夜”」
「せ、せいや……っ」
「うん」

キスの合間に吐息で返事をするのはやめてくれ、合間に返事を要求するのもやめてほしい。

あたしは江本のシャツにしがみつく。
 

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