小説

□夢を見させて
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性急に、早急に、息だけを、吐いて。







外では夜桜が華麗に舞っていた。俺がその美しい景色を眺めようと上半身を起こすと、男はその体に自分の羽織を落とす。
「風邪、引くぞ」
思えば俺は裸だったのだが、この夜桜の前ではそんな事どうでも良かった。
飽きずに鑑賞する俺を見て、男は微かに笑う。
「土方さん」
不意に声を掛ける。
綺麗ですねと言えば、「手前に花を愛でる心があったんだな」と笑われた。

桜じゃなくて、アンタが。

そう言いかけて、やめる。ふと自嘲じみた笑いが洩れた。
空にはまだ夜桜がしっとりと舞っていて、それでいて雪の様に儚い。脆い。
妙に名残惜しい、まるで一夜の夢の様に。

「アンタは、俺の事好きなんですか」

風に乗って、するりと喉から声が出た。
この男は、俺を好きだと言うのだろう。
そして、俺の付けた覚えのない紅い鬱血だらけの体で、悪びれも無く俺を愛すのだろう。

「好きじゃなきゃ、男なんか抱かねえ」

予想通りとも取れる答えに、俺は土方さんの方に向き変える。
彼の目には俺しか写っていなかった。
何故だかその目に、嘘じゃないと言われている様で、思わずという風に手を差し伸べた。
しっかりと包まれた手。

「総悟、愛してる」
土方さんは俺にそう言って、微笑んだ。
俺はその笑顔が偽りだということを知っている。
俺以外の男に、もっと上手に微笑んでいる事を、知っている。

知っていて尚、嬉しかった。


「俺も・・」
ああ、この幸せな時間がずっと続けば良いのに。
そしたら俺は、もっと幸せになれるのに。

そんな事を考えて、それは絶対有り得ねえなって、笑った。
「総悟・・?」
泣いてんのか笑ってんのか分からない俺の顔を見て、土方さんは不思議そうに眉を歪める。




「俺も、愛してまさァ」

精一杯の作り笑いを浮かべて、言う。
土方さんがそのつもりなら、この人の嘘に最後まで引っかかってやろう。
そう思って、俺は世界で一番幸せな男を抱きしめた。















(永遠じゃないって分かってるから。

せめて今だけは、甘く狂う様な夢を、見させて。)








end

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