小説

□外面
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土方とは武州にいた頃からずるずると関係を続けているが愛されてると感じたことは一度も無かった。
時折見せる優しい笑顔や情事後に頭を撫でる温かい手に其れこそ夢を抱いたが、結局は性欲処理だ。
俺と寝るのはどうしても花街に行けない時だけで、あとは女の柔肌に夢中だった。
「土方さんは、どうして俺を抱くんですか」
何時だったかそう聞いたことがある。
それは予てより疑問に思っていたことだった。もしかしたら「お前じゃなきゃ駄目だからだ」なんて答えを期待していたからかもしれない。
「あぁ?そりゃ、好きだからだろ」
確かそんな当たり障りの無い返事だった気がする。
意中の相手に好きだと言われて嫌な気分になる奴はそうそういないが、俺はその時嬉しくも何とも無かった。
ただ、こいつのことが好きじゃなくなったら俺は楽なんだろうって、それだけだった。

「おい、聞いてんのか総悟」
ふと現実に引き戻される。
幹部会議中、手元の資料から顔を上げた土方に注意されたのは俺だった。
「明日は大事な狩り物だ。気ィ引締めろよ」
奴はそう付け加えると再び資料に目を落とし、詳細を説明しだした。
幹部達は一瞥をくれる事も無く、集中して話を聞いている。
「2番隊は裏口から回れ。3番隊は・・」
一層低い声がピンと張った緊張感に止めを刺す。
俺は遣る瀬無く土方の方へ体を向けると、その睫毛で陰る漆黒の瞳を見つめた。
それから流れる様に時が経ち、朝の幹部会議は幕を閉じた。
「沖田さーん」
後ろからの声に振り向くと、案の定山崎だった。
「副長、何処にいるか知りませんか?」
「・・土方さんなら食堂行ったぜィ」
「そうですか。ありがとうございます。」
人の良さそうな三白眼の目尻が下がり、これまた人の良さそうな笑みを浮かべた。そのままトタトタと忙しそうに食堂へ向かう山崎には甲斐甲斐しさを感じる。
お仕事ご苦労様ーと心の中で呟き、またそんな山崎を尻目にこれからサボるつもりでいる自分の神経の図太さにも関心した。

新人の平隊士を撒き、さも従順に見廻りを終えた体で屯所に戻ってくると、土方さんが俺を部屋に呼んだ。
数ヶ月ぶりの誘いだった。
「・・っあ、・・ンあ、土方さ・・」
「・・っ総悟」
俺の後ろは土方さんをぎゅうと締め付け、そのキツさがどれほど土方さんが俺を放置していたかを物語っていた。
こうやって体を合わせる日が少なくなったのは何故だろう。
もしかして馴染みの芸妓でも出来たのだろうか。
そんな考えが脳裏を掠めるが、事の最中にそんなことを聞く気にはならなかった。
「あ、ァあ・・っ土方さん・・っ」
「・・っもういくのか」
「・・ぁ、あ、イく・・っ!」
いっそ好きだと言ってしまいたかった。
アンタに焦がれて、アンタに夢中で、アンタ無しでは生きられないんだと。
アンタに愛して欲しいんだと。
そう、言ってしまいたかった。
「・・あっンぁ、・・ぅ・・あァ!」
土方さんが俺を強く突き、俺は限界に達した。
自身から吐き出された白濁の液体を見つめ、この恋情も一緒に吐き出されてしまえばいいのにと、柄にも無い事を思った。





討ち入り当日。
いつもの賑やかな真選組とは打って変わり、独特の緊張感が漂う。
局長である近藤さんが局中法度をを読み上げ、士気を高める。
俺とて隊を背負う隊長格だ。
普段どれだけふざけていても、ここぞと言う時には活躍しなければならない。
どの隊士の目にも光がみなぎっており、これからだと言う実感がじわじわと沸き上がってきた。
「以上だ。各隊、各々の役目に徹して欲しい」
近藤さんがそう締めるや否や、皆一斉に討ち入りの準備を始めた。
愛刀の手入れをする者、内容を順を追って説明し合う者・・そんな中、一人観察メンバがいる室内に向かう男がいた。
土方さんだ。
何処か嫌な予感がして、後をつける。
誰もいない廊下を歩く土方さんは俺の知っている土方さんではない様な気がして不安になった。
こんな所に来て、何をするつもりなんだ・・?
やがてある部屋の前まで来ると、土方さんはその部屋に居る誰かに呼びかけた。俺は柱の裏に隠れる。
「おい、開けろ。いんだろ?」
「・・」

その部屋から、そっと出てきたのは、山崎だった。
そして土方さんはぐっと山崎の腕を引っ張ると、自身に引き寄せ、口付けを交わす。
「・・・・!」
俺は目を見開いて、その光景を見た。
信じられなかった。
「や・・、やめてくださいよ副長!討ち入り前なんですよ!?それに誰かに見られたら・・」
「バーカ。ンな所誰もこねえよ。討ち入り前は気が立っていけねえ。お前に癒されてえんだよ。大人しくしてろ」
そう言って、2度目のキスを落とす土方さん。
そんな土方さんに呆れる様な素振りを見せつつも何処か嬉しそうな山崎。
もう見てられなかった。



ああ、なんだ。そうゆうことか。
だから土方さんは俺を抱いてくれなくなったのか。


ああ、なんだ。








「真選組だ!御用改である!」
近藤さんの声と共に、浪士共の溜まり場に一番隊、3番隊が次々と雪崩込む。裏口から奇襲をかけた2番隊と合流し、勢いをつけた真選組は本丸を目指した。
俺は、心に確かな燻りを残したまま討ち入りに参加した。
ここは一番隊隊長然として、仕事と私事を混合してはいけないのは分かっている。分かりすぎている。
現に今までもそれを遂行していた。
なのに何故!
何とかこの燻りを消してしまいたい。いや、消さなければならない。
戦場で気の迷いを見せた者に、勝利は無いのだ。
「御用改である!神妙にお縄につけ!!」
何とか気を奮い立たせようと声を張り上げる。
浪士達が斬りかかるも、それをバサリと斬り捨てる。
現れては斬り、現れては斬り。
生暖かい返り血を浴びるも、それを諸共しない冷血さ。人の命を奪うことに慣れなければ。そう、ここは切った張ったの世界なのだから。
ふと、司令塔である土方さんが視界に写った。
彼もまた大量の血を浴び、乱戦している。
クソ、見るな!見るな!
アイツの事は忘れろ!
剣を振るい、張り裂ける思いを押し殺す自分は、果たして浪士と戦っているのか、自身と戦っているのか。
クソ!アイツの事は考えるな・・!!
こんな状況ですらアイツの事を考えてしまう俺は、病気だ。


ねえ、土方さん。

アンタはこんな俺を重いと思うか。

気持ちが悪いと罵倒するか。

アンタにとって俺は只の性欲処理で、都合のいい存在で、それでも


それでも俺は────・・・・












────────ザクッ


鈍い、鈍い音がした。
世界が一変してぐにゃりと曲がった。
何故だ。
下腹部が焼ける様に熱い。
目の前に浪士が見える。
そいつの刀は夥しい色の血で染められていた。
そうか、俺は、こいつに・・











「・・たさん、沖田さん!聞こえていますかっ!?」

ああ、山崎が見える。
うるせえな。今テメェの面見たくねえんだよ。

「医療班!早く医療班を呼べ!!」

今度は土方さんだ。
こっちはもっと見たくねえ。あっちいけ。
なんだって俺はこんな硬ェ所で寝てんだ。今は討ち入りじゃなかったのか。

・・ああ、そうだ。俺、斬られたんだっけ。
道理で上手く息が出来ねえ筈だ。
しかしこりゃ深くいったな。
俺、どうなるんだろう。
まあ死ぬにしてもよ、これは無えよ。
最後の最後に看取ってくれんのがこの二人だなんて、そんなの真平御免だ。
なんで死に際にこんなもの見にゃならねえ。
ふざけんな。
なんでだよ。
なんで、なんで。
土方さん。
俺はアンタに愛して欲しいだけなのに。
他の物なんて、土方さん、アンタが手に入れば、要らないのに。

「・・・・い・・・・て・・」
「何?なんだ!?オイ!総悟が喋ったぞ!!」
「本当ですか!?沖田さん、しっかりしてください!」



愛してよ。
こいつじゃなくて、俺を。
俺は、その為なら何でもするから。
だから、今死ぬ訳にはいかねえんだよ。
生きて、アンタと一緒に、生きたい。
生きたい。
生きたい。
死にたくない。
ずっと一緒にいたい。
離れたくない。
俺を見て欲しい。
俺だけを見て欲しい。
生きたい。
生きたい。
生きたい。
生きたい。
生き────────・・・・・・・






end

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