小説

□一時の夢
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「あいつが死んでからだ。総悟がおかしくなったのは。」
そう切り出したまま近藤は黙った。
急な来訪に焦って入れた出涸らしの茶はとっくに冷めてしまい、入れなおそうか迷ったが結局席は立たなかった。
「で、真選組の局長さんがンな所にわざわざ言いに来た用件って何?お宅の隊長さんがどーなろうと知ったこっちゃねーんだよ、こっちは」
どうでもいいと言う体で苺牛乳を流し込むと、思いの外それは喉を通らなかった。
「お前にこんな事を頼むのは筋違いだって分かってる。だが、・・お願いだから、総悟を見ていてくれねえか?ただ、見ているだけでいい」
お願いだと近藤は念を押した後、小さく頭を下げた。真選組は今、副長の仕事の穴を埋める後処理に追われ、沖田を気にする余裕などないのだろう。
だからといって、ウチを精神科かなんかと勘違いしてもらっては困る。
重い腰を持ち上げ、目の前の珍客を見下ろして一言。
「悪いけど、俺には関係ねえから」




三ヶ月前、土方が死んだ。
道路での攘夷浪士との乱戦の末、通りがかった一般人を庇い殉職したのだという。
犬猿の仲とはいえども腐れ縁、万事屋も総出で参加した葬式だったが、あの団栗頭の餓鬼の姿は見当たら無かった。
燃える様な紅葉も枯れゆき、吐く息が白に染まる様な季節になってもあいつが俺の前に姿を現すことは無かった。
とはいえ風の噂で土方の生前時より職務を全うしていると聞き、驚きつつもあまり心配はしていなかった。
『総悟がおかしい』
頭の中で近藤の言葉を反芻してみる。
だが、何度繰り返してもその言葉は虚偽を帯びたままだった。










沖田は煙草屋の前で立っていた。

真選組屯所から1km程離れた所に土方の行き着けだった煙草屋がある。
仕事の依頼でふらっと前を通ると、見知った顔が一つ。
古びた木材の小さな煙草屋の前に、黒の隊服に身を包んだ一番隊隊長はいた。
急ぎの依頼だったこともあり目に止めたのは一瞬だったが、見間違いでは無い。あちらが気付いたかは定かではないが、あれは確かに沖田だった。
また別の日玉を打ちに行く道すがらそこを通ると、やはり沖田はいた。
その日は格別に寒く、基本年中半肩脱ぎの俺ですら珍しく着込んでいるというのに、その少年は淡い色の着流し一枚で、見ているこちらが寒くなった。
向こうがこちらに気付いたら羽織の一枚や二枚貸してやろうぐらいには思っていたが、あの伽藍堂の瞳に俺が写ることはなく、その日はなけなしの金をパチンコで擦って帰った。
翌日、何の予兆かひどく胸騒ぎがして同じ場所に行ってみると、案の定沖田はいて、やはり俺は話しかけられず、結局空足を踏んだだけだった。
次の日も、また次の日も、沖田はいた。
俺は近藤の言葉を重い出し、打ち消す様に足を奴の反対方向へ向けた。

その日は、雪が降っていた。
空は冬特有の濁りで、凍える様な寒さを主張している。
こんな日に外に出るほど嫌なものは無いが、自然と俺の足は煙草屋に向かった。傘はさしていたが気付かぬうちに身を乗り出していた様で、殆ど役目を果たしていなかった。
沖田は、やはりそこにいた。
傘をさしていないその肩には雪が乗り、赤い鼻の上の二つの窪みは虚空を見つめている。
と、その瞳が俺を捉えた。
視線が、絡む。
「・・・・何、してんの。」
喉から掠れた声が出た。
すると沖田は目を細め、何でも無いように言う。
「土方さん、待ってるんでさぁ。あの人ったら出掛けたきり帰ってこねえんだもの。しょうがねえから迎えに来てやったんです。」
伽藍堂の瞳で、笑う。
白い頬に触れたくて手を伸ばすも、彼の笑顔がそれを受け入れないような気がした。










気付くと、俺は沖田と寝ていた。
奴は最中に俺を「土方さん」と呼び、何故が俺もそれを正す気にはなれなかった。
甘受していたのだと思う。
土方の死を受け入れられずにいる哀れな沖田を。
そんな哀れな男の瞳に、俺はどう写っているのだろうか。
この白髪が、腰のある黒髪に見えていたりするのだろうか。
俺の全てが、あの鋭い双眸に、無骨な手に、艶のあるバリトンに、塗り替えられているのだろうか。
「沖田君」
「・・・・・・」
情事が終わった後、彼は何も言わなかった。
ただ黙って自らの手の甲を眺めていた。
「いつまでもンな辛気臭え面してんじゃねーよ」
「・・・・だって、」
「だっても糞も無えだろ。」
「・・・・ごめんなさい」
「・・・・」
沖田が帰った後、どう仕様も無い虚無感に襲われた俺は、数年前に買った湿気た煙草に意味も無く火をつけていた。
翌日から俺は煙草屋にいる沖田を掻っ攫っては無茶苦茶に抱いた。
最初こそ嫌がっていた沖田だったが、足を割る頃にはいつもあいつの名前を呼び、狂った様に感じた。
俺はもう土方さんと呼ばれるのに慣れてしまって、沖田を抱く時だけ本当に自分が土方になっているんじゃないかと馬鹿な事を考えたりもした。
だが沖田は最中によく目を瞑った。
それは決まって俺を土方さんと呼ぶ時で、つまり沖田は頭の中では俺が「俺」だと分かっている。
分かっていて俺を土方さんと呼んでいる。
「沖田君さ、虚しくないの?」
「・・・」
「本当は土方が帰ってこないって分かってんだろ?なのに他の男に未練たらしくあいつの影重ねてさ」
「・・あの人は、帰ってきます」
「・・・」
「帰ってきます。今は、遠い所に行ってるだけです。あの人は、俺がいないと駄目なんです」
「それじゃ土方の煽り食ってテメーも死ぬのか。あいつはテメーがいねえと駄目なんだろ?なら死んであいつン所行ってやれよ」
「土方さんは、死んでません」
「死んだ」
「死んでません!」
━━━━バンッ!!
勢い良く床に押し倒すと、物凄い形相で睨まれ抵抗された。
俺はそんな沖田を押さえ込み言う。
「じゃあ俺はなんなんだよ。土方の身代わりの俺はなんだ。生きてたら身代わりなんていらねえだろうが。いいか?お前は本当は土方が死んだ事を分かってる。ただ、受け入れられねえだけだ。」
「違う!・・れは、俺は、・・」
「違わねえ!だったらいっそ俺の事を芯から土方だと思えば良かった。その方がお前も俺も、楽だったんだ。」
「・・っ、あッ・・」
服を乱暴に脱がすと、更に抵抗が増す。そのまま手を下半身まで滑らせ沖田自身を抜くと、ビクッと反応を示した。
「・・・・よく聞け。これからは俺が『土方』だ。俺の事を土方だと思って感じろ。」
沖田の蕾を指で慣らし、自身を充てがう。
すると沖田は強くシャツを掴んでいた手を緩め、だらんと床においた。
瞳は何処を見ているのか分からず、ただ喉が小さく鳴った。
「・・・・・・・・あんたは、土方さんじゃねえ。」
そう呟いた沖田を見下ろし、俺はただ何故か虚しくなった。










end

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