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□黒猫様の掌の上
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東京と宮城はなかなか遠いよね。学生には結構きつい交通費だし、しかも今は受験生だ。バレーやってた時みたいに気軽に会えないし、メールで連絡つけばいいかなってくらい
何それ寂しいよ会いたいよってことで、まぁ──

「来ちゃった!」

及川さんは今東京都黒尾鉄朗宅に来ました



「………」
「びっくりした?嬉しい?」
「おう、びっくりしたわ」
「やったね!サプライズ大成」
「お前の阿呆さには心底びっくりした。因みに嬉しくもなんともない」
「うん、ちょっと待とうか黒ちゃん。仮にも恋人が遠路遥々出向いて来たのにその言い草は酷くない?」

今日も黒ちゃんは絶好調で辛辣だった
俺の黒猫がツンツンなのは知ってるけど、少しくらいデレてくれてもいいんじゃないかな? 罰は当たらないと思うんだけど

「で、何しに来たの」

まさかそれを聞かれるとは思わなかった。いやはや、及川さんもびっくりだよ

「会いに来た以外何があるのさ」
「別れを話をしに来た、とか」
「地球がひっくり返っても、それはないから安心して黒ちゃん!」
「…不安しかない」
「何で!?」

そこは寧ろ恋人として喜んだり、安堵したりするもんじゃないのかな。なんで不安になるんだよ

「はっ! そうか…黒ちゃんにはまだ及川さんのこの溢れ出さんばかりの愛が伝わってな」
「入らないなら閉めるぞ」
「あ、入って良かったの? いいなら言ってよ分かんないじゃん」

本気で邪魔なら帰ろうと思ってたし。ほら、やっぱり受験生だからね。勉強したいだろうし、そこら辺はきちんと弁えるよ? 流石の俺でもね
まぁでも取り越し苦労みたいだ。良かった良かっ─

「──って黒ちゃんめっちゃ勉強してる…!」
「当たり前だろ。推薦でも一応しとかねーと」

どうやら取り越し苦労なんかではなかったみたいだ。見るからに勉強中ですって感が漂う机がそれを物語っている
黒ちゃんやっぱり真面目だね。俺ここ一週間まともに勉強なんてしてないよ
玄関前ではあんな事言ってたけど、やっぱり黒ちゃんだって俺が訪ねて来たの嬉しいんじゃん

「全く、黒ちゃんってば照れ屋さん!」
「はぁ? …てかくっついてくるな気持ち悪い!」
「もーう、ツンデレなんだから!」
「なに此奴意味分かんない。元々頭おかしいとは思ってたけど、ここまでとは…」

心底嫌悪と恐怖に顔を歪める黒ちゃん。今日も可愛いね、うん。可愛いけど流石にそんなガチドン引きされたら俺だって傷付くんだけど

「だってだって! 黒ちゃんも何だかんだ言って俺が来たの嬉しかったんでしょ?」
「……え?」
「勉強中なのにわざわざ入れてくれてさ。追い返してくれても良かったんだよ。俺だって受験生だし、受験の邪魔はしたくねぇもん」
「あ、そうなの? じゃあ帰って。お前の事だから追い返しても帰ってくれないかと思ってた」

前言撤回、「じゃあ」ときたか。絶句だよ
ツンデレでもなかった。之はもうツンドラだ。いや、もうツンでもないよドライだよ
愛が乾いてる

「どうぞお引き取り下さい」

そう言って玄関に向かってスッと左手で促すクソ野郎。可愛くもなんともない。嘘、可愛い。寧ろカッコイイ
あれだ、可愛さあまって憎さ百倍みたいな感じ
つかそんなに帰らせたいかよこん畜生!!

「……っれ…んか…」
「あ?」
「誰が帰ってやるもんかぁ!ばーかバーカ!! 絶対帰ってやんないっ今日泊まる!」
「はぁ!? ちょ、んな勝手にっ…てかなにキレてんだよお前」
「黒ちゃんの阿呆!鈍チン!自分の胸に手を当てて聞いてみろよ馬鹿!イケメン詐欺!大好き!!」
「…お、おおぅ……」

ふんっ、もう絶対帰ってやらないからね!って捨て台詞みたいに言ったら苦笑しながら、はいはい、だって
くそう返事まで適当だ
その時、ふて寝する為にベッドに飛び乗る俺を見ながら、バレーの試合中みたいにニヤリとしたあの笑みを浮かべていた事
俺がこの策士の掌の上で転がされていた事を知るのは、もう少し先の話

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