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□とある闇医者の受難
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「ねぇ、何も手を繋いで歩くことないじゃないか。さっきから周りの人の視線が痛いんだけど」
「そうかなぁ? 気のせいじゃない?」
「気のせいじゃない」
「だってお前、繋いでないと逃げるだろ?」
「逃げないよ」
「前科がある人間の言葉なんて信じられないね。そんなに嫌なら先のお前の行動を悔やむんだな」
「……はぁ」

さて、突然の事で状況がよく分からないであろう皆様方に軽くこの状況の経緯をご説明致しましょう
この晴天の元、何故私が池袋の街を"折原臨也"と手を繋いで歩いているのか。それは数時間前に遡ります────



「デートしよう」

早朝と言うには少し遅い時間だったかと思います。彼は私の家に訪ねてくるや否や開口一番にそんな事を言ってきました
度肝を抜かれるのは正に今のような事を言うのでしょうか。開けた玄関の扉閉めてやりたくなったことは言うまでもありません

「訪ねて来ていきなり何を言い出すかと思えば、不倫に誘われるだなんて思わかったよ」
「俺も初めてだよ。で、デートしてくれない?新羅」
「僕がそれを快諾するとでも?」
「思ってる」

これは驚いた。私も思わず目が丸くなりました
私と彼女仲─というか、私が彼女に盲目なのは私を知る者であれば周知の事。まして彼とは中学生時代からの長い付き合いですから、彼ほど私が彼女を愛して愛して愛してやまないことは知っているはずなのです
浮気なんて言語道断
だからこそ、彼が私を軽んじている事に少し腹が立ちました

「有り得ないね。君が一体何を根拠に断言しているのかは分からないけれど…それこそ、例え天変地異が起ころうと、僕は彼女を裏切るなんて事は絶対にしない」
「あぁ、知ってるよ。俺が何年新羅と一緒に居たと思ってるんだ」
「だったら言葉は撤回してもらおうか。これでも僕は結構さっきの言葉が鶏冠にきてるんだけど」
「まぁそう興奮するなよ。確かに、悔しいけれどお前と運び屋との仲は俺が割り込む余地すらないからね」

そこまで分かっているなら何故あのような言葉を吐いたのか──私はここまできて漸く彼の言動に疑問を抱いたのです。時既に遅し
どうやら彼を軽んじていたのは、私の方だったようだ、と

「顔、引き攣ってるよ? そろそろ背中に嫌な汗でも掻きはじめた頃かなぁ?」
「………」
「言いたい事は分かってる。なに、別に運び屋に危害を加えるような事はしないさ。だからそんな怖い顔しないでよ。俺だって好きな人が最も嫌がる事はしたくない…俺だって人間なんだ、嫌われたくないというのは人として当然の感情だろ?」
「よく言うよ。君を今の今まで人間らしい感情を持った人間だと思った事は殆どないけどね」
「酷いなぁ。俺だって人並みに怒ったり、傷付いたり、哀しんだり笑ったりするんだけど」

いつものように何かを企む笑顔は、その時恐怖すら感じたものです。ですから、彼が彼女には何もしないと告げられた時は、本当に安心しました

「…じゃあ、何を根拠に?」
「急かすなよ。…新羅さ、この間の事覚えてる?」
「この間?」
「うわ最悪、最低。まさか本気で忘れたわけないよね?」
「何で俺が批難されなきゃならないのかという異義異論は後にして、取り敢えずその最悪と最低、そのまま君に返す」
「…はぁ……あー…結構ショックなんだけど。まさかお前がここまで俺に関心ないとは思わなかった」

頭を抱え珍しく意気消沈とした彼を見るのはなかなか愉快でしたが、私はそれよりも彼の言う"この間のこと"が気になって気になって仕方ないのです

「勿体振らないで教えてよ」
「……まぁ、流石にこれ見たら思い出すよね。いくら俺がお前にとってその程度の意識しかされてなくたって、」
「いいから早く」
「お前なんか大嫌いだ」

不貞腐れた彼に催促を促せば、不承不承に取り出された端末を差し出されました
横にある小さな電源ボタンを押せば淡い光りを放つ液晶を覗き込み、私は絶句すると共に"この間の事"を思い出すのです
血の気が引いていくと共に

「…な、なんで…なんで!? なんでこの写真が!?」
「今お前すごい面白い顔になってるざまあみろ。やぁっと思い出した?」
「盗撮だよねこれ!?」
「世間一般ではそうとも言うね」

カラカラと笑う情報屋は今日も楽しげだ。この瞬間、先程のあの絶望に伏した顔を撮っておけば良かったと後悔しました
悠然とした態度で、それこそ鼻歌でも歌いだしそうなくらい上機嫌に、彼は私に言うのです

「さて…ここからはお願いじゃない、脅迫だ。お前が断るならこの写真を運び屋には勿論、お前を知る人間全て公開しよう」
「脅迫も盗撮も犯罪だ! 写真公開だって肖像権の侵が、」
「だったら警察にでも行くか? 構わないよ、別に。白バイに追われる交通ルール違反の犯罪者の恋人の闇医者が自ら出頭してくれるなんて、警察からすれば願ったり叶ったりだろうね」
「ぐっ、ぅ…」
「運び屋に危害は加えたくないんだろ? なら、お前が選ぶ答えは一つじゃない」
「…卑怯だよ」
「なんとでも言え。俺だって必死なんだよ」

肩に伸びた手に固唾を飲み、掛けられたその手に肩が跳ねました。そして、彼は最悪の決断を私自らに選ばせるのでした

「これが最後だ──俺とデートしろ。いいよね? 新羅」
「……あぁ、喜んでっ!!」

思わず涙が溢れ出そうになったことは、語るまでもありません



「──ら。しんら。新羅!!」
「え? うわっ!? な、なに?」
「…上の空だなんて随分だな」
「考え事してたんだよ」
「運び屋の事じゃないよね?」
「違う違う。だから顔を離してくれないかな? 近いよ」
「………」
「本当に違うから」
「……まぁ、いいけど」

振り返ったら僅か数センチの距離に臨也の顔があった。"この間の事"もあるから尚更吃驚した。頼むからそうむやみやたらに顔を近付けないでくれないかな。今回は僕が悪いのかもしれないけれど
納得いかないという顔をしながらも離れたくれた臨也に御礼を言ったら、もっと不機嫌な顔をされた。意味がわからない。取り敢えず安堵の溜息と共に目の前のバニラシェイクを吸い込んで飲み干せば、それを見計らったように手を掴まれてレジへと歩かされる。あの後何度説得を試みても、手を離すという条件はのんでもらえなかった
抵抗するのも疲れてきたから、今はもう甘んじて手を繋ぐ事は受け入れた

「次は何処に行こうか?」
「もう帰りたいんだけど」
「駄目」
「えー……」
「あ、そうだ。服でも見に行こうか。如何にもデートって感じだしね」
「俺はあの見るからに医者スタイルの格好しかしないんだけど。あれ以外する気もないし」
「だからこそじゃない。普段そんな奇抜な格好だからこそ、違う服を着せてみたいという俺の支配欲、ただの自己満足だからさ。それに買って持って帰れないだろ? 運び屋にバレたら俺だって命が危ない」
「どうせ俺に拒否権なんてないんだから、わざわざそんな説得するような事言わないで引っ張って行けばいいだろ? 煩わしい」
「おや、新羅は強引の方が好きなの?」
「引っ叩くよ」
「冗談」

俺の手を引く脅迫者は、それこそ今まで見た事ないくらい楽しそうで、嬉しそうに笑っていて
それを見たら、今日のデートが少しは良いものかもしれないと思ってしまうくらいには、俺は案外この男に絆されているのだと認めざるをえないだろう
嗚呼、ごめんね。セルティ
そう心の中で謝罪してから閉じた瞼を開けて苦笑を浮かべる。今日はまだ始まったばかりなのだ
つまり、この脅迫デートの受難はこれからだと思うと
また溜息がそっと口を吐いたのだ

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